自分が自分でいられる場所で｜リアクション

自分が自分でいられる場所で

　●　秘密基地は獣道の向こう　●　

　羽生碧南はがさがさと道無き道を行く。

　そう、そこは喩えでなく本当に、道とは言えない場所だ。
　低い木が重なりあうように枝を広げ、その間には枝に届くくらい雑草が茂っている。
　元は果樹園かなにかだったのかもしれない。
　けれど今は、枝が地面近くまで来ている箇所があったり、その枝に絡みついた蔦がだらりと垂れ下がっていたり、足下も細い枯れ木が突き出していたり、ちくちくする葉の雑草があったり、と、人が歩くのには不向きな雑木林のような場所でしかない。

「おかしいな……ここってこんなに狭かったかな……」
　ざらざらした枝にすくいとられた髪を手探りで解きながら、碧南はひとりごちる。
　もう少し通りやすかった気がするけれど……記憶違いなのか、それとも通らないうちに道がより一層埋もれてしまったということなのか。
　草を掻き分け、枝をくぐりながら、碧南は昔の記憶をさぐった。

　子どもの頃はよくこの場所を通った。
　通り抜けた先にある空き地に行くために。
　まだ身体も小さかったから、この小径を……というかその頃からここは獣道に近い状態だったのだが、自由に進むことが出来た。
　けれども中学校に入った頃から、碧南の体格は急激に大きくなり始め、高校１年の今では身長１８０センチ。女子にしてはかなり大柄になって、道を通りづらくなった頃から余り行かなくなった。

　最後に言ったのはいつだったかと記憶を辿れば、ほろ苦い思い出が浮かんでくる。

　あれは中学２年の時。
　好きな男の子に告白して、碧南は見事に玉砕した。
　断られたときには、そっか残念、なんて何でもないように笑って、また明日と立ち去ったのだけど、その後唇を噛みしめながらこの道を辿った。
　空き地に着くなり我慢できなくなって、涙が溢れた。
　最初は声を上げて泣いて。
　そのあとは惨めな想いと膝とを抱えて、ずっと独りで涙をこぼし続けた。
　――その日を最後に、碧南はこの道を通っていない。

　だからここを通るのは２年ぶり。
　草も茂って、枝も垂れて、碧南自体も大きくなって。
　通りにくさが増した道を、不自然な体勢で身を屈め、枝にひっかかれ草に擦られ、ひいひい言いながら進んでいく。

　どうしてまた、あの空き地に行こうと思い立ったのかは……碧南にも分からない。
　休みの日に突然行きたくなった。
　ただそれだけ。

　腰がみしみしと悲鳴を挙げそうなのをなだめ、最後の難所をくぐると。
　ふいに視界が開けた。
　ぽっかりとあいた空間。その向こうに海が見える。

　自由になった身体で、碧南は思わず駆け出して、空き地の縁ぎりぎりまで海に寄った。
　ここはエノコロ岬灯台から少し離れた場所にある。
　なんにもない空間だけど、灯台の展望台よりもずっと近くで海を一望できる。

「……まだ、変わってない……」

　空き地には少し雑草が増えてはいたが、碧南が憶えている景色のままの空間だ。
　そのことにほっとして、碧南は草の上に腰を下ろし、後ろに手をついて空を見上げた。
　刻一刻と雲は流れ、空模様は移ろう。
　海に目を移せば、うねる波も海の色も一時も留まっていない。
　見ても見ても見飽きない。
　ただただ無心にそこにいられる……そんな空間、そんな時間。

　いつしか眠りに落ちた碧南に、風は潮の香りと音を届け続けた――。

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