自分が自分でいられる場所で｜リアクション

自分が自分でいられる場所で

　●　秘密基地で証明終了　●　

　新井すばるの毎日は忙しい。

　高校１年生だから、授業にはちゃんと出る。
　従業が終わると、部活を覗くかボビナム道場で汗を流す。
　その後は足早に家に戻り、家業である魚屋『魚新』を手伝う。
　手伝いと言っても片手間のものではなく、店番は当然として、明日の準備、店の掃除までをきっちりこなす。
　最後に魚新裏手にある『ちくわくん☆大明神』の掃除をすませ、それが済んだらやっと自由時間となる。

　もっと時間に余裕のある同級生からは、そんなに自由時間が少なくていいのかと聞かれることもあるけれど、大明神で過ごすこの時間にすばるはかなり満足していた。
　スペース自体はちょっとした公園くらいに広さがあるが、ちくわくんの社自体は大きくはない。
　申し訳程度の鳥居の向こうに、すばるが小さい頃に海で見つけたちくわくん似の石がご本尊として祀られているだけのものだ。
　御利益があるとも思えないものだが、近所の人がおもしろ半分でお供え物をしたりしてゆく。
「あれれ……？」
　ご本尊に鮮やかな赤いものがついているのに気付いて、すばるは首を傾げた。昨日まではこんなものついてなかったはずだけど、と見ればそれはお地蔵さんにつける赤い前掛けだった。
　手縫いらしき赤い前掛けの針目はがたがただけど、丁寧に縫ってある。となるとこれを縫ったのは……とすばるの頭の中で候補者が絞られる。
「だとするときっとあの願掛けだな。叶うといいね」
　お供え物も増えている。何故か妙に愛されているのがこの大明神だ。
　だから昼間は誰かと行き会わせることもあるけれど、さすがにこの時間だと人影はない。

　すばるは夜中のこの時間、ここで剣道やバリツ、ギターの稽古をしたり、ボビナム道場で教わって来たばかりの技の復習をしたりして過ごしている。
　無心に身体を動かしているときもあれば、出くわした事件を考察しているときもあるが、静かで誰の迷惑にもならない場所だから、何をするにも気兼ねがいらない。
　自由なことが出来る場所、時間を持てるこの場所は、すばるの秘密基地のようなものだ。
　難点を言うならば、雨風を防ぐことが出来ないのと、この時期寒さが身にしみることぐらいだろうか。

　寒さを紛らわすように、すばるは剣道の素振りを始めた。
　が、身体が温まるより先に。
　突然駆け込んできた角刈りの男によって、鍛錬は遮られた。

「ととと……あ、寿司屋の大将、まいどー。ちょうど良かった、時間があるならちょっと剣道の相手し……って、そんな場合じゃないみたいだね」
　お得意さんの顔馴染みだからすばるは気軽に声を掛けたが、すぐに話を引っ込めた。
　大将の悲愴な顔、互い違いの靴、手に持っている奥さんの上着。それを見れば一目瞭然だ。
「わ、わかるか？」
「それだけの情報があったら、なにがおこったのかなんて探偵のボクじゃなくてもわかるよ」
「だったら……！」
「うん、もちろんボクで力になれる」
　すばるはウィンク１つ。

「奥さんなら寝子島神社だよ」
「なんでわかるんだ？」
「こんな時間だし、今日は寒いからね。選択できる場所はかなり狭まる。確か奥さんは、地区自治会に使ってる部屋のカギを持ってたはずだから、多分そこだと思う」
　こんな推理はすばるにとっては初歩の初歩。

「魚心の兄ちゃん、恩にきるぜ。この礼はいつか必ず！」
「お礼はいいよ。今度剣道の相手をしてくれればいい。それより早く行ってあげて」
　すばるは２つめのウィンクで大将を促した。

　神社まで走り続けそうな大将の背中を見送って、
「本日もＱ．Ｅ．Ｄ．」
　すばるは竹刀をステッキよろしく地面にたてるのだった。