【演目その１　『ぱるるとくろねのマナーズ･オブ･ザ・シアター』】

「みんな、アイドルは好きかなー？」
　出演者さんの準備が整ったということで、再び壇上へ登った司会者ハルさん、唐突に観客席へそう尋ねました。
「まあ一口にアイドルって言っても、色んなグループがあるわよね。『DOG110』とか『ももシロ』とか……でもね、きっと皆、この子たちのことはまだ、知らないって思う」
　第一の演目が始まるとあって、観客席はまずしんと静まり返って、その言葉に耳を傾けています。
　ハルさん、悪戯っぽくふふりと笑みを浮かべまして。
「だから、今日ここに来たみんなは、超ラッキー！　何たって二人は、アイドルの卵。そのデビューの舞台に、こうして立ち会うことができるんだから！」
　今はまだ降りているこの緞帳の向こうに、二人はスタンバイしているのです。
「二人はこの演劇祭で、皆さんが楽しく観劇するに当たっての注意事項を、まず最初に説明してくれるんだそうです……さあ、トップバッター！　この寝子島から羽ばたいていく初々しいアイドルたちを、みんな、応援してあげてねー！　よろしくゥ！」



「『PalKro』で、『ぱるるとくろねのマナーズ･オブ･ザ・シアター』！！」


　鉄 時尾はちらり、隣に立つ彼女へと、視線を。
「緊張、するけど……二人一緒なら。ね、ぱるるさん」
　宇井 真珠も彼女と瞳を交わして、
「……ええ。鉄さん……いいえ、くろねと二人なら。初めてのステージ、絶対、成功させましょうね」
　発した声ははっきりと、ちゃんと相手へ届きました。
　こくん、とお互い、うなずいて。
　今、幕が上がります。

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　緞帳が見えなくなると、ぱ、と明るい光の中へ、それにも負けないほどに輝く笑顔を浮かべた、二人の少女の姿が現れました。
「こんにちはー！　萌木ぱるるです！」

「こんにちは！　劇場の妖精、時岡くろねです」
　二人は、『PalKro』！
　くろね、と名乗った少女は、片手をひさしに観客席をぐるりと見回して、
「今日は、賑やかですね。たくさんの人が来てくれて、すっごく嬉しい！」
　ぱるる、と名乗った少女が、でもね？　と言うパートナーの言葉を引き継いで、観客席へ呼びかけます。
「これから始まる、素敵なショーたちの前に。ちょっとだけ！　私たちのお話、聞いてもらえませんか？」
　くるり、と立ち位置を軽快に入れ替えながら、少女たちはマイクを通じ、言葉を紡ぎます。
　くろねが、
「楽しい夢を見るために。私たちからの、いくつかのお願いを」
　ぱるるが、
「会場にいるみんなで、このマタタビック演劇フェスティバルを楽しめるための、ほんの少しのお願いを」

「「どうか、聞いてもらえませんか？」」
　少女たちは手を翻し、交差させ、腕を伸ばしました。
　観客席の、あなたへと向かって。

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　時尾と真珠が、客席のある一箇所に向かって、こくんと合図をした瞬間でした。
　どん！　どん！　どん！　と大きな音が鳴り響きまして、
「あれれ？　どこからか、ガンガン大きな音がしてくるよ？」
　真珠が、す、と指し示した方向へと、観客たちの視線が集まりますと……そこには。
「ちょっとあなた迷惑ですよ、僕は演劇通だから静かに観劇するですよ！　ちょっとやめて、座席蹴るのやめるですよ……おや？」
　北 玄さん！　がおりました。あらかじめお願いしておいた劇場の裏方スタッフさんが、玄さんの椅子をぼすんぼすんとやるのに合わせて、スピーカーからどんどん、どどん！　という音が鳴っています。
　真珠がぺろりと舌を出して、玄さんへごめんなさい！　して見せますと、会場からは、どっと明るい笑いが巻き起こります。
「お芝居を見たいのに、これじゃ背中が気になっちゃう。だから見ている時は、お膝を揃えてきちっと、ね！」
　続いては時尾が、
「携帯電話やスマートフォンをお持ちの方は、今だけは電源を切って、一休みさせてあげてくださいね。突然、着信音が鳴ったら……」
　ぴりりりり！　と会場へ、携帯電話の着信音らしき音が鳴り響きます。
　音の出所を探して、視線が一斉に向かった先には、
「……まあ。ふふふ」
　指を一本立てまして、しー、とジェスチャーした御巫 時子の隣で、劇場スタッフさんが携帯電話を口元に当て、オーバーなアクションで通話のフリをしています。
「みんな、びっくりしちゃうから。ね？」
　再びの笑いに、そう言った時尾の言葉を繋いで。真珠が、
「下は静かで、上は賑やか。これ、なーんだ？　そう、答えは……観客席！」
　示した先は、二階席。後木 真央が、可愛らしい売り子さんの格好で、
「寝子島特製幕の内弁当は和風に洋風の二種類、ランチボックスや一品料理も売ってますのだスイーツもあるのだ、観劇のお供にぜひどうぞなのだ～♪」
　にぱー！　っと笑顔。
　真珠は、うんうん！　と首を振って、
「一階席は、静かーに楽しみたい人が座る席なんだ。だから、食べたり飲んだり、おしゃべりしながら劇を見たい人は、二階席に。よろしくね！」
　二人が小指を立てて、呼びかけましたら。
「わたしたちとの」
「約束ですよ？」
　可愛らしいアイドルの卵たちとの約束に、観客席の人々までも小指を立てて、約束ー！　と、ぴたり揃った声が響きました。

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「それじゃあ、後は……楽しい時間の、はじまりはじまり～！」
　くろねが、そう宣言したなら……スピーカーが刻み始める、軽やかなリズム。
「最後は……届け、この歌。星の丘から、星の空まで！」
　ぱるるの言葉に合わせて。流れ出す、ポップで明るい、このミュージック。
　元気いっぱいのダンスに乗せて……響く、二人の歌声！

　　　　　　♪
　　　　　　　舞台には　夢があるの
　　　　　　　　　　　紡がれる言葉は　魔法の呪文
　　　　　　　　　口ずさめば　そこに花が咲き、雪が舞い、星が流れる
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

　ぱるるから、くろねへ。

　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　舞台には　夢があるの
　　　　　　　　　　　　　　　　　　描く思いは　想像を越えてく
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　白馬の王子、喋るうさぎ、願いを叶える　青い鳥
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

　くろねから、ぱるるへ。
　交差する視線。観客席へは笑顔を。楽しげなステップを踏みながら。

　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　この世界はすべて　思いのまま
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　喜びも悲しみも　全部ここにある
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

　二人の少女は、歌います。託します。
　伸びやかな声で、これより始まる数多の物語たちへ、その想いを。
　今！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　光に包まれて　はじまる物語
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

　そしてこの星の丘から、二人は飛び立ちます。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　みんなの
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　夢に
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　命が宿る時
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

　そう、これは少女たちの産声。

　　　　　　　　　　　　　　　　♪　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　見ているあなたも　世界のひとり
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続きを
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　一緒に
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　作り上げよう
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

　これが、『PalKro』の。
　二人の、デビュー・ライヴ！

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　さあ、幕が上がるよ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　♪

＜『ぱるるとくろねのマナーズ･オブ･ザ・シアター』　終＞

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　出番を終えて舞台袖へと戻った二人は、思わず、ほっ！　と息を吐きました。
「あはは……頭、真っ白。でも……上手く、いきましたよね？」
　苦笑い混じりに時尾が言うと、真珠も笑って、
「ええ……ふふ、夢見たいな時間でしたね。テレビで見るアイドルみたいに、こんな衣装を着て、ステージに立てたなんて……」
　心地良い充足感が、今、胸を占めていました。
　と。そんな二人へ、舞台の向こうから、マイクに乗ってこんな声が届きます。


「……素晴らしい！　このマタタビック演劇フェスティバルの開幕を飾るにふさわしい、素晴らしいステージでした。寝子島発のアイドル『PalKro』として、これから大きく飛躍していくことを祈ります。会場の皆さんもぜひ、彼女たちを応援してあげてください……ところで物は相談ですが、私の執務室に飾りたいので、お二人のサインなどいただくわけには……」

「Oh,Yeah！　『PalKro』のお二人でしたー、ありがとうございました！　寝子島から世界に羽ばたいていくアイドルたちのこれからの活躍を、みんな、見逃しちゃあダメダメよー！！」



「……ぱるるさん」
「うん……くろね」
　顔を見合わせ、二人は意思を確かめ合います。
　そう……二人にとって、これはゴールでは無いのです。これは二人の、スタートライン！
　一人ではとても踏み出せなかった、あの眩しい世界へと向かって伸びる道を、今。
　二人は、歩き始めたのです！