【演目その６　『チェンジリングの悲劇』】

「グランギニョルという言葉を、ご存知ですか？」
　一転して抑えたトーン、静かな前口上に、客席の波が自然、すうっと引いていきます。
「かつて、フランスはパリにて華々しく幕を開けたグラン・ギニョル座。そこで演じられたのは、グロテスクで血生臭く……そして不思議な魅力に惹きつけられる、おどろおどろしくて陰惨で素敵な演目の数々。ショッキングなテーマ、舞い散る血糊には失神してしまう観客なども現れ、演者は劇の成功を計る指針としてその数をも競ったものだとか……いえいえ！　もちろんここはスターヒル・シアター、皆さまには心穏やかにご観劇頂ける演目のみをお届けいたしますから、ご安心を」
　照度を落とした照明が、何だか不気味。ゆっくりと、焦らすように腕を翻して、舞台を示します。
「けれど、ゆめゆめお忘れなきよう。今よりご覧頂くは人形たちの悲哀、魂の叫び。その響きにはかの劇場にて育まれた血の系譜が、確かに、息づいているのですから……」



「劇団『リジー・ボーデン』による人形劇。『チェンジリングの悲劇』！！」

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　少女の瞳は不思議な瞳。ヒトでないもの視る灰色の瞳。
　赤毛の少女は取り替え子。妖精の瞳持つ取り替え子。
　お父さん、お母さんは気味悪がって、少女をいつも虐げた。
　赤毛の少女は取り替え子、灰色の瞳で、今日もヒトでないものを視る。

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　かた。かたん。かたかた、かたん。
　舞台に人形は、四つ。意思を持つかのように、それぞれにかたかたかたんと、自在に動き回ります。
　本当に生きているかのように、滑らかに、人形たちはかたかた、かたん。
　赤毛の少女を殴り付け、蹴り倒す二つの人形は、少女の両親です。人形は自ら望んだように手を振り上げ、叩きつけます。何度も。何度も。何度も。
　遠巻きに眺めるもう一つの人形は、痛ましげな表情を表しながら、彼らの暴力を目にしながらも、それを止めるには至りません。
　中央に置かれた人形を、ぱ、とスポットライトが照らします。
　赤毛の少女は、人形は、ネミッサ・ネモローサ。彼女は糸を操りながら、彼女自身もまた糸繰り人形たちの一つであり、その証拠には、上から降りる糸がちらり、ちらりと、時折光を返すことで知れました。
「私は妖精。取り替え子」
　ふ、と照明が消えて。再び灯るライトは、人形の両親を、ぱ。照らし出します。意地の悪い彼らの甲高い声色を、ネミッサは賑やかに騙ります。

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「まったく、気色が悪いったら、この子は！」
「いったい、お前はその目で、何を見ているんだね？　気持ちが悪いその灰色の瞳で、いったい、何を！」
　がん。がん。がん。がん。少女をぶつのは、お父さん。少女をけるのは、お母さん。
　ヒトでないもの視る取り替え子、お父さんとお母さんは欲しくなかった。
　そんなこどもは、欲しくなかった。がん。がん。がん。がん。
「その目で、私を見ないでちょうだい！」
「その目で、おれを見るんじゃない！」
　今夜も少女はぶたれて、けられて、ついにはぱたんと寝転んだ。

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　かた、かたかた、かたん。
　がん、がん、がんと殴られるたび、蹴られるたびにネミッサは、赤毛の人形はぼろぼろ、ぼろぼろと壊れて、剥がれ落ち、砕けていきます。
　ネミッサは、ぼろぼろ。壊れて汚れて、ぼろぼろです。
　そんな彼女へ、手を差し伸べる人がいました。
　ぱ、スポットライトは、おじの人形を明るく照らします。優しいおじの落ち着いた声色を、ネミッサはゆっくり静かに騙ります。

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「ああ、かわいそうに。痛かったろう？　苦しかったろう？　辛かったろう？」
　たったひとり、少女の味方。おじさん、優しく少女を撫でる。
　やさしいやさしい、あまい声。チョコレートみたいにあまい声。
「あんしんおし。私だけは、おじさんだけは、お前の味方。いつだって、お前の味方だからね」
　やさしいやさしい、おじさんの声。やさしくやさしく、少女を撫でる手。
　けれど少女は、知っていた。とっくに全部、気付いてた。

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　かたたん、かたん。かたかたん。
「嵐の夜に。おじさん、あまあい声で少女を誘った」
　ごうごうと鳴る風の音、ぴかぴかと光る稲光の中、人形がネミッサを手招きします。
　ベッドの上でぐうぐうといびきをかく、お父さん、お母さん人形のところへ忍び寄り、ネミッサはおじさん人形の手が指し示すままに、ぎらり。
　持っていた鋏で、ぶすり。刺しました。何度も。何度も。何度も。
　少しだけ、お父さんを刺し過ぎてしまったので、今度はお母さんも。次はお父さん。次はお母さん。平等に、何度も。何度も。何度も。
　照明が徐々に赤く、赤く、色味を変えていきます。
「目当ては少女の、お父さんとお母さん、兄夫婦のたんまり遺産。あまあい声で少女を導き、まんまと二人を殺させた」
　かたかたかたた、おじさんの人形が四角い口を震わせて、かたかたんと笑います。人形の顔はもう、優しいおじさんではありません。
「けれど少女は、知っていた。とっくに全部、気付いてた。」
　ぱ。スポットライトが、ネミッサへ。
「私は、道具。おじさんの、道具」

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　しめしめ、ついにやり遂げた。あいつをだまして、やり遂げた。
　邪魔者殺したおじさんは、いまや少女の後見人。遺産はまんまと彼のもの。
　ついでに最後に、ひと仕事。おじさん、少女も殺そうと、夜中にこっそり寝室へ。

「Lizzie Borden took an axe
And gave her mother forty whacks♪」
　けれど少女は、知っていた。とっくに全部、気付いてた。私は道具、おじさんの道具。
　少女はひょいっと起き上がり、おじさん、あらら、可哀想。鋏でちょっきん！　首ちょんぱ。
　少女はぽいっとなまくび捨てて、ついつい愉快に踊り出す。

「And when she saw what she had done
She gave her father forty-one！」
　少女は叫んだ、「私は、自由！」
　かたん、かたかた。かたかた、かたん。

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　真っ赤に染まった光を浴びる、真っ赤なそれは血のしぶき。
　ネミッサするりと立ち上がり、鋏でちょっきん！　糸を切る。
「私は自由！　何にだって、縛られない！」
　ネミッサぽいっと捨てたのは、いらなくなった赤毛の人形。
　ゆるり、ゆるりと飛んでった、人形お客の手の中へ。お客はびっくり！　飛び跳ねた。
　自由なネミッサ、取り替え子。瞳は灰色、背中に翅。
　たんっ、と舞台を飛び出して、妖精ネミッサ、宙を舞う。
「そう。私は妖精、取り替え子」
　くるくる回って屋根の上、ひらりと飛んで夜空の上。
「どこへだって、飛んでいけるの」
　月の光を身に浴びて、うーん！　とひとつ伸びをして。
　ネミッサどこかへ、飛んでった。

＜『チェンジリングの悲劇』　終＞

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「七歳の少女に、これほどの才能が眠っているものでしょうか？
　私は今、おそらくは彼女の思ったとおりに、確かに彼女の作り出す世界観に恐れを抱いています。そしてその完成度の高さに震え、彼女の演技の素晴らしさに、とても高揚しています。
　彼女は今後、一体どのような形で、その傑出した才気を花開かせていくのでしょうか？　実に興味深いですね。
　これからの成長とご活躍にも、期待させていただきますよ！」



　かたん。かたかた。
「ぬー。これはなかなか、強敵出現と言わざるを得ませんね！」
　客席めがけて飛んできた、赤毛の少女のお人形。ぱしんとそれを受け取った、本条 小萩は思います。
　予定される演目で、多くの出場者たちが誰かしらとグループなり劇団を組んでいる中、独り芝居を演じるのは先のネミッサ、そして小萩の二人だけです。
　それだけに少しばかり、興味が湧きまして。
「でも、小萩の舞台だってもちろん、負けてませんよー！」
　小萩は駆け出します。こんな力ある舞台を見てしまったからには、後ほどの自分の出番に向けて、気合も漲ろうというものなのです。
　駆ける小萩の手の中で、人形が、かた、た、たん。



「劇団『リジー・ボーデン』による、愉快で不快なグランギニョル。ご満足いただけたみたいね？　それではごきげんよう、ミスタ＆ミス＆ミセス。次なる演目までどうぞ、しばしのご歓談を……ふふっ」