鬼が居ようとランドリー｜リアクション

鬼が居ようとランドリー

　さて本日、桜庭円は実家の物置で大発見をしました。
「おとーさん！　おかーさん！　これ借りてもいい！？」
　と言って両手に掲げるアイテムはふたつ。
　洗濯板と！
　たらい！
　いずれも木製です。なかなか古いもののようですが、保存状態はよくて表面がつるつるしていました。
　元々は別のものを探しに実家を訪れた彼女でしたが、こういう面白アイテムが見つかってしまってはそれどころではない。先日、計算結果が紙テープにパンチされカタカタ出てくる時代のコンピューター辞典をフリマで見つけて購入したことからもわかるように、円は前時代的な謎アイテムには好奇心が刺激されて仕方がないのです。
　これはもう試してみるしか……！　と意気揚々、オールドファッションド洗濯グッズを借りて、自室である旧市街のアパートまで彼女は駆け戻ったのでした。
　さっそく同居人のトラ縞子猫に話しかけます。
「にゃーくんー、なに洗濯してみよう？」

　ひらひらと揺れるにゃーくんの真っ赤なバンダナを指でつまんで、
「たとえばこれとかー？」
　ところが子ニャンコはその提案が気に入らないのか、ぷいっと顔を横に向けました。
「えっ、嫌なのー？」
　彼の狭い額をつんつんつついて、
「破かないよ！　たぶん……！」
　などと円はなおも言ってみますが、『たぶん』が良くなかったのか猫はすっと離れてしまいます。
　だからといって、いつもの服を洗うのは気が引けます。
　洗濯板での洗濯なんて人生初挑戦ですから、下手して破いちゃいそうですし。
「じゃぁ、これとか、どう？」
　と言って円は、白いＴシャツを取り出しました。
　黄色い染みがついています。お恥ずかしながらこれは、カレーうどんを食べた痕跡です。
　ちなみにこれは彼女の姉が、お土産にくれたものでした。『ごぼう天うどん』という文字が踊っています。それなのに描かれているイラストはざるそばの絵という意味不明具合。これ着てカレーうどん食べてちゃ世話ないのですがそれは言うまい。
　そういえば、姉がくれたＴシャツでまだ洗っていないものがありました。『鍋焼饂飩』って書いてあるのに、茶碗蒸しの絵があしらわれているＴシャツです。これも当然、姉セレクション、なにやら運命的なものを感じるではありませんか。なおこのシャツには昨日、絵の練習をしていて絵の具汚れがついてしまいました。
　この調子ではいずれ、焼きうどんの絵がプリントされながら、『長崎皿うどん』と毛筆の詩人みたいな文字が大書きされたシャツが出てくるのではありますまいか。（ありえない話ではありません）
　まあそれはともかく、
「お姉ちゃんセレクションは丈夫でセンスあるから、きっと洗濯板にも耐えるはず！」
　とにゃーくんに説明して、円は反応を見るのでした。
「おっ、頷いたね！？　ハイターッチいえーい！」
　謎Ｔシャツ二枚以外は洗濯機に入れてスイッチを押します。この中には、にゃーくんのバンダナも入っています。
　そうして、
「ゴム手袋よーし！」
　円はベランダに出て、クラシックスタイルの洗濯に挑むのでした。
　なお、バンダナを撮られてご機嫌ナナメの子猫さんは、離れたところから彼女の様子を観察する構えのようです。
　事前に円が調査したところによれば、洗濯板でのクリーニングというのは、板の凹凸部分で布をすりあわせて行うもののらしい。といっても実際にやってみなければ具合がわからないわけで、
「よし、汚れた部分をぐりぐりして布を擦り合わせよう」
　ぶっつけ本番で円は作業を開始しました。
　Ｔシャツを洗剤液にひたしながら、手繰りで寄せつつ、ぐーりぐりぐりとやります。
「け、結構と大変だよこれ！」
　腰を屈めて行うから姿勢が苦しいし、手の力も必要です。
「……お婆ちゃんたちは毎日これで洗ってたのかなぁ？」
　先人の苦労に思いを馳せてしまいました。ところがそのとき、
「ってうわわ、破れた！」
　やってしまいました。シャツはすり切れて穴が空いております。
「あっちゃー、結構気に入ってたのに……」
　ですが円の口元には笑みがありました。
「でも、初めての作業って、面白いなぁ！」
　やがて洗濯機も止まって、今度は干していきます。
　穴の空いた『ごぼう天うどん』よ『鍋焼饂飩』も干しておきましょう。
　もちろん、にゃーくんのバンダナも。
「にゃーくん、まだ乾いてないからだーめ」
　赤いバンダナを返せと手を伸ばすにゃーくんをたしなめつつ、ちょっとお昼寝しようかな……と円は思うのでした。もちろん、にゃーくんと一緒に。

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鬼が居ようとランドリー

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