怪人セブンの復讐｜リアクション

怪人セブンの復讐

（……みんな、頑張ってね）
　小山内は作戦決行を見届けたあと、ペンライトを点灯させたまま口に咥えた。
　そのまま四つん這いになって排水口の奥を進んでいった。
　ひんやりとしたアスファルトの硬い感覚が小山内の手の平から伝わってくる。
　どこまで進んでも、闇、闇、闇。
　空気は澱んでおり、異臭がひどい。
　まるで地獄へ繋がっているかと錯覚するような細い一本道。
　もう後戻りはできない。
（泉月花って人、牢に残った人たちを臆病者呼ばわりしていたけど……）
　無音の空間の中、音の異変に警戒して焦らず、けれど急いで前進を続ける。
　深淵の闇の中では視界に頼ることはできない。
　聴覚、そして文字通り手探りで排水口内の壁を探る。
　照らしている範囲の前方部分に注目しつつ、壁と床の有無に注意しながらさらに奥へ。
（みんな、生きて帰るために残ったんだ、臆病者といって笑うなんて最低だ）
　泉月花の見下しきった顔が小山内の脳裏に浮かぶ。
　人質たちを生き物として見ていない泉月花の目。
　まるで何かの部品を物色するかのような目……。
（生きるために抗うのを観察して、泉月花って人は何がしたかったのだろう？）
　小山内には全く理解できなかった。
　泉月花の悪意自体、彼女にとって理解の範疇外、得体の知れない感情だった。
（……あれ？　水の音……？）
　ペンライトで先を照らす。
　細い水路の先に、ぽっかりと大きな空間が空いていた。
　どこかの大きな下水道と合流したのだ。
（よかった……あとはもう少し先に進んでマンホールを見付ければ……）
　だがその時、小山内の視界が徐々にぼやけていってしまう。
（あれ……？　気持ち悪い……、それにこのニオイ……、うっ……ぇっ……！）
　汚水の臭気に耐え切れず、小山内は思わずペンライトを落としてその場で嘔吐。
　半密閉状態でこもった空気が、小山内の肺の中に強制的に侵入してきた。
　更に水洗式便所からのし尿などから発生する臭気には、一定量の硫化水素が含まれている。
　微量ならば問題はないが、長時間にわたり呼吸で体内に取り込めば、中毒症状を起こして体の変調を起こす。
（かはっ……ぁっ……うっぷ……、どうしよう、これ、私の心が先に折れそう……）
　自分の戻した吐瀉物まみれになりながらも、口元を押さえながらゆっくりと大きな下水道に降り立つ小山内。
　硫化水素中毒は視力低下、呼吸困難を引き起こす。
　小山内のいる下水道内の硫化水素濃度は即死濃度に満たないため、すぐには命に影響はない。
　しかし、極限状態の連続の中、小山内の精神は今や金属疲労のごとく折れる寸前である。
　ふらつく足元、汚泥に足を滑らせ、顔からヘドロに突っ込む。
　口の中に入ったソレを自身の唾液ですすぐと、力の入らない足腰でフラフラと立ち上がる。
（あれ……？　なんで私、こんな目に遭ってるんだっけ……？）
　ぼやけた思考で、小山内はふと疑問に思った。
　打ち付けた顔面が腫れ上がるのを感じつつ、壊れたゼンマイ人形めいた歩行を続ける。
（どこで間違えたのかな……？　明日もフツウに過ごせると思ったのに……）

　ナンデ、ココニ　イルンダロウ？

　この時、小山内はある異変に気が付いていなかった。
　水位が徐々に増水しているのだ。
　牢の穴の水位が上がり、排水口から一気に注ぎ込まれている証拠だ。
（……えっ、いつの間に……？）
　小山内が理性を取り戻した頃には、すねのあたりまで水かさが増していた。
　と、次の瞬間、背後から、ずぞぞぞっ、と迫る音が彼女の耳に入ってきた。
　波打つ水面。
　それが何かを理解したとき、小山内はとにかく走った。
　膝の下まで水が増え、思うような速度は出せないが、それでも走った。

　ぞぞぞ、ぞぞぞ、ぞぞぞ……。

　背後から迫る音が一層大きくなる。
　マンホールは、見当たらない。
（ねぇ、円ちゃん……、ごめんね。私、もう駄目みたい……）
　涙が自然と溢れる。
　それが彼女の出来る最後の無意味な抵抗だった。
（みんながドンパチやってる中で、１人だけ別ルートで逃げようとしてる私って）
　想像を超えた水量が小山内の背中を押し潰し、いとも簡単に飲み込んだ。
（もしかして、泉月花って人が言う臆病者なのかな……）
　もはや抵抗する気力も失せ、肺の中の空気を吐き出してしまう小山内。
　水の中で押し流され、彼女は眼前に手を伸ばす。
（刀くん……、刀くん……！）
　小山内の意識が塗りつぶされる間際、彼女は片想いの少年の名を、声の出ない喉を使って叫んだ。

ばいばい　かたなくん　だいすき

【小山内海：水没、浮上せず】

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怪人セブンの復讐

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