寝子召地蔵と流れ星の雨｜リアクション

寝子召地蔵と流れ星の雨

　これは、父の分。これは、母の分。これは、祖母の分。光の差さない黒い瞳をうつろに伏せて、わざと小さな石を選んでは積み上げている少女の姿。時折流れる星に目もくれないその背中を、獅子島市子は言葉を探しながら立ち尽くしている。
　伝えなければいけないことがある。分からせないといけないことがある。大切な家族を次々に失い、本物のひとりぼっちになってしまったと思い込んで笑顔をなくしたあの日の自分に。市子はすっ、と息を吸う。笑えるくらいいつもと同じように、そう、歌をうたうときのように。

「楽しーか？　ソレ」
「……別、に」

　もう戻らない今までの時間を積んでは崩す幼い市子の背中に、答えの分かりきった問いを投げる。当たり前だけれど手に取るように、分かる。

「ならやめとけよ」
「放っといて」
「やめろ！」
「うるさい！！！」

　拒絶するように吐き捨てた幼い市子、その目だけでもせめてこちらに向けようと、語気を強めて思わず市子が幼い市子の腕を取る。反射的に振りほどかれ、上手に積まれた石とぶつかって『今まで』はまたあっさりと崩れた。

「知ってんよ。もう誰もいねー、自分なんか無いも同然って思ってんだ」
「しょうがないじゃない、事実だし」
「でもな」

　『今は』、事実だ。だが、『今は』違う。今の市子はそれに胸を張れる。

「市子。オマエもうすぐさ、仲間に会える。いいヤツさ」

　市子がどれだけグレても愛想を尽かさずに傍に居てくれる人が、と。それは同じ境遇だから故か、それとも。機械いじりが好きなこと、焼いてくれるクッキーが美味しいこと。他に出会った占い師の卵のこと、真面目で危なっかしくて、母に似ているが放っておけない彼女のこと。妹のようなバンド仲間のこと。思いついた順に話すたび、幼い市子の瞳がほんの少しずつではあるが明るくなっていく。

「ライブとかしてんだぜ、ソイツと。どうだハズカシーだろ」
「……信じらんない」
「だよな、ザマーミロ。おまけにさ」

　幼い市子がいくつかの意味を込めて呟いた『信じられない』という言葉を笑えるほど、今の市子はひとりではなかった。ひとりだと思っていた自分に、気づけばたくさんの友達がいて、余計なことを考える暇なんてない毎日が続いている。
　それだけじゃない、この世でいちばん……市子が素直にそう思える美しいひとに恋をすることも、市子はためらわず幼い市子に教えてやった。すこし、かつての自分に似た陰があって、それでも正反対の眩しさがあるひとのことを。

「お日様みたく眩しくて、何やらしてもキレーで新しい音が聴こえてくんだ」
「それ、魔法？」
「そう、魔法だね」
「……素敵だね」
「だろ」

　市子は知っている。苦労して、悩んで、あがいて、それでも諦めきれずに歯を食いしばって得た自分だけのもの、それを惜しまず誰かに与え、誰かの力になること、人はそれを魔法と呼ぶことを。確かに、その音は市子にとっての魔法だった。

「なのに、ごめん」

　市子は言う。あたし、バカだから。

「またヒトリになろーとすんの。バカだよね」
「……そっか」

　友達と呼べる、好きだと言える人たちを、今度は自分から置いて行こうとしている自分。置いて行かれる哀しみはもう知っているのに、そうじゃない道もあると気づいているのに。幼い市子はむしろそのほうが当たり前なのだと言いたげな、受容の相槌を打ってみせる。

「でも、覚えとけ。もう心は独りじゃない」

　皆が居て、市子が居る。皆という、今まではどこか遠巻きに見ていた、明るくてあたたかな場所に、自分がたしかに居る感覚。それを忘れることは無いと、市子は心から笑う。

「だからもう、もう……」

　笑顔も、涙も、どちらも嘘ではなかった。

「泣かなくていいんだよ、あたし」

　それは、どちらの市子に向けられた言葉だったのだろう。