寝子召地蔵と流れ星の雨｜リアクション

寝子召地蔵と流れ星の雨

　子供の頃と比べて自分がどう変わったか、なんて、ずっと自分を続けていると意外と分からないものだ。だが、宇佐見満月にははっきりと違いを思い出せる或る時期がある。

「何だいここは……賽の河原かい……？」

　穏やかな川の流れで冷やされた夜風が頬をそっと撫でる秋の夜、街灯もないそこを照らすのは月明かりと瞬く星々。寝子召地蔵の導きが引き合わせるのは、どの満月だろう。
　ふと、からんと石が落ちる音がする。満月が振り返ってみれば、音のした方向には拗ねたように石を積んでは崩す、十二歳ほどの少女の姿があった。

「（ありゃあ、弟と姪っ子が産まれた辺りのあたしだねぇ）」

　あの頃のことは、よく覚えている。忘れられない、今の強さを持った自分はきっとここから始まったのだから。弟が産まれて、何のめぐり合わせか歳の離れた兄のところでも娘……満月にとっての姪が産まれて。

「弟は別にいいのよ、でも。兄ちゃんとこにも赤ちゃんが産まれたのよ！　あたしこの歳でオバサンだよ、どうしろっての……！」

　いっぺんに背負わなければならなかった肩書は、十二歳の満月にはまだ重かったのだ。

「ああ、あたしも現役で叔母さんだねぇ。まあ、おばさん呼ばわりはさせてないけどさ」
「おねーさんもおばさんなの？　あたしはなんて呼ばれるんだろ……みづきねーちゃんとかかしら？」
「ちっちゃい子は舌っ足らずだからね、ミーねぇちゃんになっちまうんじゃないかねぇ？」
「ええー！　なにそれ！」

　それじゃあ父や母が弟の出来た自分を姉呼ばわりするときの呼び方とまるで同じだと、幼い満月は頬をふくらませた。幼いながら何だかこだわりがあるようで、満月は微笑んでその頭を撫でる。

「大目に見ておやり、ちっちゃい子のやることなんだ。だけどね」
「だけど、何？」

　満月は知っている。頑張るのは肩書があるためではない、それが年長者の務めだと。お姉ちゃんだから、叔母さんだから……そうじゃない。

「人の道に外れることだけは身体張って止めてやりな。ブン殴ってでも引きずってでもね」
「人の、道……？　おねーさん、難しいこと言うのね」
「大丈夫さ。あんたにもすぐに分かるよ」

　厳しくするのは、愛情があるから、期待があるから。……と、その弟や姪の前で言えば、ふたりに渋い顔をされるだろうか。

「……うん、おねーさん見てたら何か元気になったわ、ありがと！　あたしガンガンきょーいくしてやるわ！」
「それがいい、達者でおやり」
「うん！　じゃーねー！」

　出会った時より遥かに晴れ晴れとした顔で手を振り、あの日の幼い満月は砂利の河原を駆けていった。同じように手を振ってそれを見送り、満月は煙草に火をつける。夜空の星がひとつ、口元に落ちたような淡く赤い光は、満月がたしかに大人になった証のようでもあった。
　まだ、厳しい姉として、叔母として、人の道を背中で示せる大人として、立っていなければいけない。その肩書が重いわけではないが、ふと満月は考える。いつかは……と。

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