寝子召地蔵と流れ星の雨｜リアクション

寝子召地蔵と流れ星の雨

　寝子召地蔵の噂を聞いて、人々が見せる反応はだいたい、二種類に分けられる。ふうんと興味なさげに相槌を打つか、何かを思い出すように言葉少なになるか、だ。司馬佳乃はどちらかといえば、後者のほうだったかもしれない。この島なら不思議なことが本当に起こってもおかしくない、そんな気がしたせいもあるだろう。幼いころに救ってやれなかった思いの欠片を感じとったのか、寝子召地蔵は応えるようにはらりと、佳乃の前で涙を流す。

「（ああ……本当だ）」

　周囲の景色が一変し、久しく見ることのなかった空を見上げて佳乃は懐かしさにため息をつく。秋の天の川、夏の大三角、デンデラ野の丘に寝転んで見たのと同じ、四等星も胸を張って輝いていたあの満天の星空。この空が見えるということはきっと、今から会えるのは。佳乃には、確信があった。
　首を持ち上げて肩が重くなったのを節目に視線を地上に戻せば、そこには星も見ずに目を伏せる十二歳ほどの少女……幼い佳乃の姿がある。あの何かを諦めきれていないような寂しい横顔は、きっとそう。慕っていた大好きな姉が遠いところへ嫁いで行って、離れ離れになったばかりの佳乃。

「こんばんは。どうしたの？　何か、哀しいことでもあった？」
「お姉ちゃんが……遠くに行っちゃったの」

　流れた星の先よりも、もっと遠くに。それは子供の世界では永遠の別れとも思える距離だったかもしれない。

「そっか、寂しいね。でも、また会えるんだよね？」
「うん……。夢見ることを忘れなければまた会えるよって言ってたけど……嘘じゃないよね？」
「それは……」
「夢って、ほんとうに叶うの？」

　心のどこかでずっしりと横たわっていた大きな疑問だったのだろう。口にするのを随分とためらっていたかのように、幼い佳乃は気まずく口をつぐむ。対する佳乃は、記憶の中の自分と目の前の幼い自分を比べて、少なからずショックを受けていた。

「（……私、こんなこと考えてたの？）」

　これまで、姉に会えなかったことで後ろ向きにならなかったと言えば、嘘になる。だが、姉の言葉はいつだって信じるに値するものだった。もしかしたら、無意識では信じきることが出来ていなかったのかもしれない。ためらいながら、だがまっすぐに投げかけられた幼い佳乃の疑問の前で、佳乃は言葉を失う。

　幼いころの佳乃には、疑問を持ちながらではあったが、夢に向き合う時間があった。なら、今は？　そう聞かれたら、即座に答えられない佳乃がいる。気づけば、姉が嫁いでいった年齢もとうに越していたが、姉のように伴侶がいるわけでもなく、夢のひとつだった旅行ライターへの道も、忙しさを理由にしているうちにどんどんと遠ざかっているような気さえしていた。

　諦めなければ、信じていれば、夢は叶う。無邪気にそう言えるような歳でもなくなってしまった。だが、逆にしてみればどうだろうか。

＿＿諦めたら、届かないよ……。

　それはそのまま、諦めない理由になる。夢を見続ける理由になる。簡単なことだが、それで充分だった。叶えたいという気持ちがあれば、夢が過去形になることはない。手を伸ばした先で、律儀に待っていてくれる。それがどれだけ先なのかは、まだ分からないけれど。

「大丈夫。夢は、叶うよ」
「ほんと……？」

　佳乃から佳乃への言葉。幼い自分に何を言っても、今が、未来が、すぐに変わるなんてことはきっとない。だけど佳乃はあえて、口にしたくなった。好きなだけでは続けられない、信じるだけでは報われない、それを知っている大人だからこそ、夢見ることをやめたら、夢がそこで過去形になってしまうことの辛さもまた知っている。

「ほら、流れ星探そう？」
「……うん」

　いつか、幼い自分に胸を張りたい。そう誓いながら佳乃が指さした先に、星がひとつ流れる。幼い佳乃の思いが、姉に届きますように。佳乃が改めて顔を上げた先に、光が差しますように。信じ続ければ、夢はまだ死なない。