【体育祭】白黒つける、玉入れニャン！｜リアクション

【体育祭】白黒つける、玉入れニャン！

　シートの上に勘助は座っていた。膝の上にはアンゴラ兎の縫い包みを置いている。垂れた耳の他に玉入れに使用した黒い猫耳カチューシャを付けていた。
「…親父、だいぶ、走ったみたい、だけど……身体は大丈夫？」
「肉体的には問題ねぇが、妖怪共に追い掛けられて精神が折れそうになったぜ」
　蓮太郎は口元に付着した赤い跡を手の甲で拭った。
「気を取り直してランチにしようぜ！　今日は豪華におかずがてんこ盛りだ。勘助の大好物の玉子炒飯もあるぞ。花の形の人参も入っている！」
　力説して持ってきた弁当を広げた。引き寄せられるかのように勘助は顔を近づけた。
「すごい…おかずが、こんなに、いっぱいに…！」
「まずは玉子炒飯だよな！　ほら、勘助。口を開けろ、あーん♪」
　持ってきたレンゲに炒飯を盛ると勘助の口元に運ぶ。
　引き気味の勘助に蓮太郎が笑顔で迫る。泳ぐ目で半ば自棄になって食い付いた。黙って口を動かしたあと、縫い包みを愛おしく抱き締める。
「炒飯、すごく、美味しい…！　でも、量が多いから、誰かに、お裾分け、しよう、かな…」
「そうだな。他の子にもあーんをしたいぜ！」
「…そ、それは…どう、なんだろう…」
　真っ先に目に留まったのが着ぐるみの月詠であった。子供達に囲まれて身振り手振りに忙しそうにしていた。
「…あの、着ぐるみの人、玉入れで、白猫組に、いたね」
「ちょっと俺が行ってくるぜ！」
　蓮太郎は側頭部の髪に指を入れて腰を振りながら近づいた。
「白猫ちゃんの中の人、世界一のイケメンが作った玉子炒飯を食べてみないか」
「……中の人なんていないわ。私は見た目通りの可愛らしい白猫ちゃん。皆の温かい気持ちで心が一杯なのよ」
　白猫はくるりと回って両手を胸に当てる。身体を左右に揺らして浮き立つ心を表現した。見ていた蓮太郎は両腕を広げて雄弁に語り始める。
「玉子炒飯の米粒にふんわりとした卵が絡み付く。口に入れた瞬間に甘みと香ばしさが雄大な草原のように広がるのさ。噛み締めると深い旨味が染み出して、身も心も捧げたくなる、そんな極上の味だ」
　白猫の動きが不自然に止まった。どうしたの、と子供の一人に聞かれて急に動きを取り戻す。
「心の次は腹を満たしてやらねぇとな」
「私は心が膨れれば、それでいいのよ」
　白猫は逃げるように走り出した。取り巻きの子供達も付いていく。
「人前で脱げない着ぐるみも大変だねぇ」
　追い縋ることなく、蓮太郎は勘助の元に戻った。
「…残念、だね。とても、美味しい、のにね…」
「その分、勘助がしっかり食べろよ。俺の弁当には愛情っていう心も入っているからな！」
「…親父、今日は…ありがとう」
　二人は笑顔で昼食を楽しんだ。勘助が途切れがちに語る、学校での生活を蓮太郎は優しい眼差しで聞き入った。
　残りのおかずが僅かになり、勘助は静かに口を開いた。
「…そう言えば、親父、今まで体育祭、出たこと、なかったんだっけ…」
「…持病のせいだ。この年になって、初めて体育祭に参加できた。しかも息子と楽しめて、僕は幸せ者だ」
「…そんな、大袈裟だよ…」
「…ありがとう、勘助。来年も、出来れば一緒に参加したいな」
　しんみりと言う蓮太郎に勘助は励ますような目を向ける。
「親父は、大丈夫。来年も、体育祭に、参加しよう。もちろん、もふもふも…一緒だよ…」
「そうだな。来年も元気に参加して、今度は全裸を目指すぜ！」
「そ、それだけは、本当に、やめてくれ…」
　陽気に笑う蓮太郎に勘助は涙目となった。

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