全校生徒参加型競技の寝子高式騎馬戦は、まさに潰し合いという言葉が相応しい熾烈な内容が繰り広げられていた。
　ハチマキを奪って陣地へ戻らねば得点化ができないというルールがあるため、帰還途中に撃破される騎馬が後を絶たない。
　そのためか、未だに両陣営の得点はゼロ。
　みるみるうちに騎馬の数が減っていく。
「これが寝子高の騎馬戦……！　なんつー激しさだ！」
　七峯 亨の所属する【トリスタ】は数多の攻撃を掻い潜って、ようやく戦うべき相手の前までやってきた。
　浅沼 柳司は七峯がどうしても戦いたい相手とやらを見てみようと興味津々だ。
「七峯がそない言う相手って、めっちゃ強いんとちゃうん？」
　どんな筋肉ダルマやろか、と武者震いが止まらない。
「七峯様の所望するお相手は、一体どなたなのでしょうか？」
　天満 七星は乱戦ばかりのグランドを注意深く見渡す。
　すると七峯は顎で前方を指し示した。
　前方……ちょうど矢萩 咲のいる【咲朱子若】チームがこちらへ向かってきていた。
「俺の私情にみんなを巻き込んで申し訳ねぇと思ってる……。でもどのみち、あの騎馬を倒さねぇと優勝は出来ねぇぜ！？」
　七峯が咲を見るなりタンカを切った。
「姐さん！　ここで出会ったが百年目！　今日こそ俺が、いや俺たちがアンタに引導を渡してやるぜ！」
「……亨君」
　咲の鼓動が一段階強く跳ね上がった。
　ある感情を意識して以来、咲は彼に対して以前のように「ただ殴ればいい」というわけにはいかなくなっていた。
「……悪いが、今は亨君の相手をしている暇はない。あとでゆっくり勝負しよう」
　実際、【咲朱子若】はチーム【練】と七夜の騎馬と他の白猫組の騎馬を追い込んでいる最中だった。
「さぁ、みんな行こう。アレはいつでも打倒できる」
　咲が通り過ぎようとしたとき、浅沼の足が前馬の酒浸の太ももに絡み付いた！
「大阪名物カニバサミや！　ホンマは寝転んで掛けるんやけど、細かいことはこの際どうでもええわ！」
「お、おい！　離せってー！」
　がっちり足で掴まれた酒浸のおかげで進軍が止まってしまう【咲朱子若】！
　浅沼、怒りのカニバサミ！
「なー、先輩。今のセリフ、取り消してくれへん？」

「俺らは確かに寄せ集めやけど、雑魚扱いされる覚えはないで！？」
「さぁ、今のうちに足止めしている間に勝負決めてまえ、七星！」
「ありがとございます、浅沼様！」
　騎手の天満が相手の騎手である十文字と対峙する。
「すいません、若菜先輩！　でも俺にも矜持ってもんがあるんです！」
「まさかの柳司君が文字通りの足止め！？　誰かー！？　援軍に来てー！！」
　天満の手を払いながら時間を稼ぐ十文字。
　普段はおっとりの天満だが、一撃一撃が狙い澄ましたところに腕が伸びていく。
　まるで狙い澄ました矢が飛んでくるようだ。
「いや、ちょ、そんなに激しいと怖いよ！？　見た目とイメージが違うから！」
　へっぴり腰の羽生 碧南は如何にも弱々しくてヘタレな印象を漂わせていた。
（そろそろ、やってみるか……）
　マウル・赤城・スティックはしっかり下半身に力を入れて馬を安定させる。
　更にダメ押しで、彼は息を止めて強く念じた。
　咄嗟に右手を死角へ隠した。
（よし、成功だ……！）
　マウルはろっこん『救いの手』を密かに発動させた。
　彼の所持品であるブーメランに右手を生やすことができる。
　生やした右手で物を掴むことができる。
　それを応用して、試合が始まる直前、彼は体育館の用具置き場の天井を支える鉄骨に隠すように引っ掛けておき、右手を生やすと鉄骨を掴めるように細工していたのだ。
（これでどんなに引っ張られてもビクともしない馬の完成だ。欠点は、発動中は右腕がこの場で消失するからバレやすくなるってことだが……）
　なんとか上手くごまかせているようだ。
　ここで七峯は咲へ想いを改めてぶつけた。
「俺は愛しい姐さんを倒して、アンタに相応しい一人前の男として認めてもらうんだ！　俺のわがままにみんなを付き合わせた手前、負けるわけにはいかねぇ！」
「ま、まじかっ？　愛の告白かいな！？」
　七峯の対戦理由に目を剥く浅沼であった。
「例え、七峯様のわがままとは言え……、私もこの勝負を手加減するつもりはありません！」
　焦らず、しかし素早く。
　天満は徐々に十文字を追い詰めていく。
　本来なら馬ごと後退して相手を引き下ろす芸当も作戦で考えていたのだが、浅沼のカニバサミが強力で騎馬が前後に動かない！
「騎馬が前後に動けないと、逃げられないよ！　横に動くしか……」
「横に……動けば、いいん、だね……？」
　哀坂 子夜が無表情で口にした。
「命令……して、くれれば……、手足のように……動くよ？」
　十文字はすぐさま『命令』した。
「命令だよ、真横に動いて！」
「……御意！」
　ぐんっと哀坂が左へスライド！
　浅沼の股関節が悲鳴を上げた！
「あだだっ！？　アカン、真ん中からキレーに裂けてまうアカンってコレェ！？」
　ただでさえ片足立ち状態の浅沼は、横へスライドされて案山子のようにふらつく！
　でもマウルががっちり（そしてこっそり）ホールドしてるので、浅沼の股間にダメージが蓄積していく。
　そこへタイミング悪く七夜と【練】が救援に駆け付けてしまう。
「オラオラ！　救援に来てやったよ！」
　桜崎が大きな声で敵を威嚇する。
　珍しく森が興奮した様子で口走った。
「今助けます！　柳司の股はいっそこのまま裂いてしまいましょう！」
「いつもの仏の森とちゃう！？　しかも呼び捨て！？」
　驚きっぱなしの浅沼は股間の痛みと精神的ショックで今にも参りそうだ。
「森君は勝負事になるとキャラが変わるんだよ♪　えーい！」
　攻撃してくる響の説明に、マウルは驚き、浅沼は納得した。
「人が変わりすぎじゃないのか、森……？」
「そうだったんやな！　どうりで森の顔が金剛力士像みたいやと思ったわー、ってそろそろ俺、限界やー！」
　ふらつく浅沼をみた七夜が、好機とばかりに羽生へ向けて騎馬を体当りさせた！
「おどおどしてるとこ悪いけど、もらったよ！　……あれ？」
　だが、七夜の予測は大きく外れる。
　羽生がニヤリと微笑んだ。
「引っ掛かったね、私の演技に？　油断させて近くへ誘ったんだよ！　それっ！」
　お返しとばかりに羽生は七夜の騎馬を至近距離から体当り！
　彼女はここぞという時の勝負強さを見せ付けた。
　七夜の騎馬に会心の一撃！
　浅沼の股間に痛恨のダメージ！
「浅沼様、足を解いてくださいまし！　ここは離脱しましょう！」
　多勢に無勢と判断した天満は退却を決断する。
　三方向から伸びる手を馬との連携でどうにか切り抜ける【トリスタ】の面々。
「行きがけの駄賃です……！」
　去り際、油断していた七夜のハチマキを奪い取る天満。
　ここで七夜は脱落……！
　羽生は逃走中に天満へ進言した。
「天満さん！　浅沼さんもダメージ受けてるし、ここは惜しいけどハチマキ１本で我慢しよう？」
　やむなく、これに天満は同意することに。
「羽生……、俺の股間のダメージの２～３割はお前のせいやけど……」
　ガニ股でえっちらおっちら歩く浅沼。
「本当すまねぇ……。俺がワガママ言ったばっかりに……」
　七峯 亨が渋い顔をしていると、浅沼が羨ましそうに声を上げる。
「でも想い人に真正面から気持ち伝えられるのは、かっこええなぁ……！」
（若菜先輩に……俺は、好きって……言えてへんもんなぁ……）
　七峯のことが輝いて見えた浅沼である。
「ああ……いいですね、こういうの……」
　天満は実に楽しそうだった。
（皆といっしょに同じ事に打ち込めている、それがとても楽しい……）
　普段から天満は周りから避けられてると思っていた。
　だが、それはやっぱりただの思いこみだったのだろうと考え直させるほど騎馬戦は刺激的であった。
（私はもっと絆を深めたい。いろんな人と話したい）
　そう強く彼女が願ったとき、自然と言葉が口から溢れた。
「さあ皆様！　白猫組、みんなでもぎ取った初得点ですよ！」
　そう叫ぶ天満自身がいることに、ちょっと驚きたのだった。


＜白猫組：100点獲得！＞








　ただ、審判の深縹 露草にはマウルのろっこん使用がバレていたようで……。

「フツウを守るため、糾弾はしませんが、正々堂々やってる人たちに失礼デース！」

　本来なら反則だと付け加えて、反省を促すと決めた深縹。
　騎馬戦終了後、ほんの少しだけお小言をもらう事になるマウルであった。