【兄弟とちょこ餅】

　志波 武道は燃えていた。
　愛しの弟と晴れの舞台に立てるこの瞬間に昂ぶっていた。
「つくぜー！　チョーつくぜー！」
　一方、弟の志波 拓郎は複雑な心境だった。
「彩葉さんの……目の、前……。いいとこ、見せたい……けど……」
　目の前でむやみやたらにポージングする兄の姿にイラッとする拓郎。
「解せぬ……」
　素直に楽しめない拓郎であった。
「たくろー、がんばれー！」
　だが、恋人の高梨の歓声で顔がにやける分かりやすさも持っていた。
　無言で杵を素振りしちゃうくらい気合いが入る分かりやすさ。
「たー坊、わっかりやすぅーい！」
「兄貴……、黙れ……！」
　おちょくる武道に対して、拓郎のこめかみが痙攣！
『さぁて、寝子高の中でもトップランクの筋肉を持つと噂の兄弟が登場よ。志波兄弟、いい筋肉、期待してるわ！』
　尾鎌の煽りもあって、観客のボルテージはヒートアップする。
（俺たちへの声援……！　不思議と気持ちが良いな……！）
　普段、眠そうなくらいテンションがローギア入ってる拓郎も、これには流石に気分が高揚せざるを得ない。
　特に女性からの声援に、へらり、と笑顔を返してしまう。
「イヤー黄色い声援ってキモチイイ！　お嬢さん（60代）！　アリガトーアリガトー、はい、きんにく♪」
　武道は慣れた仕草でマッスルポーズをサービスしている。
「大胸筋ウゴクヨー！　背筋ムキムキー！　俺、水泳やってマス！　下宿先の米屋で米も担いでるZE！」
「兄貴、環境に……慣れす、ぎ……何処で覚え、た……？」
　ドン引きの拓郎であった。
　その時、恋人の高梨と一瞬だけ目が合った。
　彼女の顔が、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
（……もしかして、彩葉さん、嫉妬してる？）
　拓郎のやる気が３倍に跳ね上がった。
（嫉妬してくれてる！　彼氏の俺を心配してくれてる！　嬉しい！）
　男は単純な生き物だという事を、拓郎という存在が証明していた。
　一方、高梨は気が気でない。
「外見かっこいいし、体つきもいいから黄色い声が上がっても仕方ないと思うけど……盛り上がりすぎ！」
　拓郎は私の彼氏なんだよ！
　そう叫びたい衝動をぐっと堪え、ひたすら恋人へ声援を送る高梨。
「ついでに武道さんも応援しておこう。……というか、この場にすごい馴染みすぎてて怖い……」
　高梨も武道に引き気味だった。

　志波兄弟のパフォーマンスはマッスルポーズ。
「なんで……俺まで……！」
　拓郎、渋々武道とともに神棚の前でサイドチェストと共に笑顔を披露した。
「ここは筋肉の祭典！！　いつもと何ら変わりない気がしないでもないがキニシナイ！」
　武道曰く「最近オニーチャン、脱ぐ機会なかったから溜まってるのさ★」
　脱がないと溜まる（意味深）。
「個人的に真っ先に画像化したい１枚だぜ……」
　シャッターを切る雨垂 ミゾレもこれには苦笑い。
　そしてようやく餅をつくことになった。
「みんなー、がんばってー！」
　千鳥 雅人が持参した手鏡で志波兄弟を照らす。
「真央ちゃんも照らすのだ拓郎ちゃんガンバレ武道ちゃん先輩ガンバレなのだ！」
　後木も手鏡で２人を懸命に照らす。
　便乗して御剣も武道の後頭部へ光を反射させる。
「自分で餅をついてその餅を食べる事ができると聞いて！　満月のように丸くて輝く物は真ん丸な鏡。伝説とかそういうの考えてもこれしかないな！」
　ひたすら武道の後頭部を照らす御剣。
「なんでだろう、あそこがすごく気になる……」
「あ、刀くん！　来てたんだ！」
　友人の姿を見付けて千鳥が御剣に近付いた。
「よう、千鳥も来てたんだ。一緒に見ようか」
「うん、いいよー！」
　千鳥のアホ毛が嬉しそうにブンブン回転するのだった。

　武道が返し手、拓郎がつき手を行う。
「餅をコネルヨーチョウコネルヨー！　たー坊、バッチコーイ★」
「いく、ぞ……！」
　志波兄弟の餅つきがスタート。
　最初は景気よく掛け声を合わせて普通につく。
「さっすがたー坊！　俺たちブラザー、息ピッタリ、ウフフフ！」
「くそう……本当、に……嬉しそう、だな……！！」
　だが、拓郎自身も何処かしら兄弟で１つのことを成せるこの時間を毛嫌いできなかった。
（いつもはウザいだけのストーカー馬鹿兄貴だけど……、俺の力加減とか何も言わなくても全部理解出来てるんだよな……！）
　血縁関係はんぱねぇ、拓郎は素直に驚いていた。
　そこへ高梨の声援が。
「拓郎！　よいしょー！　よいしょー！　がんばれ、がんばれ♪」
　この声援が、拓郎の心をフルスロットルにさせる！
「う、うおォォォ……！」
　こみ上げてくるパワー、溢れそうになる情熱！
　恋人の前でいい格好したい男の子な欲求が拓郎を突き動かす！
「あれ？　なんか拓郎のスピードが上がってブドー先輩が大変になってるけど、気のせいだよね？」
　実際、徐々に杵を下ろすスピードが加速している。
「たー坊、彩葉ちゃんに応援されてテンションあがってるーそしてスピードもあがってるーってちょっとまってハヤイそしてつんよぃ！！？」
「彩葉さん、見てて……！　俺の、餅つく、姿……！」
　拓郎の顔がキラキラ輝いている。杵に入る力も１秒ごとに増大中である。
「あ、流石にブドー先輩辛そう。先輩も応援しよっと。ぶどーせんぱい、ファイトー！」
「ろっぱぁつ！　彩葉ちゃんさーんきゅ！　って、たー坊？　ナンデ！？　加速ナンデ！？」
　志波の返し手の速度も徐々に上がってく。
「なんで……馬鹿兄貴、に……彩葉さんの、声、援が……！」
　拓郎の背中に禍々しい嫉妬オーラが発散されているのを武道は見てしまった。
「こりゃ手をつかれないよう気をつけって、嫉妬ででもハヤクナルトカ、チョマッ！！」
「畜生……！　俺のほう、が……兄貴より、すごい……ぞ……！」
　拓郎は恋人の気を引きたいがためにさらに加速！
　だが、武道はこのスピードに必死についていく。
「俺がオニーチャンでよかったな！　他人ならついていけなかったぞ！？」
「兄貴……まだ余裕、ありそう、だな……！」
　秒速５回弱の高速餅つきに会話する余裕を見せる武道に対して拓郎は驚嘆してしまう。
（悔しいけど……確かに兄貴じゃなかったら付いてこれなかっただろうな……）
　内心、武道の凄さを認めざるを得ない拓郎だった。
　そんな武道は余裕の表情で言い放った。
「たー坊こそ凄い早いな！　“ターボ”だけに！」
　拓郎は耳を疑った。
　武道はドヤ顔で繰り返した。
「たー坊がこんなに早いのは、“ターボ”だからだな！」
「速度を、上げよう……！」
「たー坊ヤメテェー！　オニーチャンのライフはもうゼロよー！？」
　その時、拓郎の顔面に何かが張り付いた。
「ああ！　あれはワシの写真じゃ！」
　飛び去った納 利悟の若かりし頃の写真が、偶然にも拓郎の顔面に付着した。
　視界が遮られ、手元が狂う！
　杵は臼を外れ、武道の額へ一直線！
「武道さん避けて！」
　高梨の警告は間に合わず、無常にも杵が振り下ろされる……！
　誰もが目を覆った、その時だった。

＜シバゴラ★スイッチ＞

　１・まず、千鳥と御剣の鏡で反射された光が武道の後頭部を徐々に加熱します。
　２・たまらず振り返る武道は目が眩んで身を屈めます。
　３・拓郎の顔面に納お爺さんの写真が張り付き、杵の狙いが外れます。
　４・武道の大殿筋と股間の鍛え具合を確認しにミッシェル・ナイスゲイが登場します。
　５・しゃがんだ武道の前にナイスゲイが立ち塞がると、その顔面に拓郎の杵が減り込みます。
　６・そのまま杵がナイスゲイを押し潰すと、勢いでナイスゲイ（意味深）が仰け反ります。
　７・ちょうど仰け反ると千鳥と御剣が照らした鏡の光が股間を照らしてモザイク効果を生み出します。
　８・その間に武道は脱出して、餅を素早く成形して完成です。

　そして志波兄弟は声を揃えて叫んだ。
「「♪シバゴラ★スイッチ！」」
「もう何でもありだな」
　旅鴉のツッコミは冷静そのものだった。