【チーム深龍神】

　深縹 露草、龍目 豪、八神 修の３人の苗字から一文字ずつ取って、チーム名を【深龍神】と付けた。
　強そう。
　八神は待ち時間の最中、ずっと餅についての豆知識を語り続けていた。
「……つまり、もち米とうるち米の最大の違いはでんぷんの構成なんです。米の主要成分は炭水化物でその割合は70～75％、その主体はデンプンで、このデンプンはアミロースとアミロペクチンという成分から構成されています。けど、もち米のデンプンはほぼ後者のアミロペクチンのみ。アミロペクチンの分子は枝分かれしていて互いに絡み合っています。だから強い粘りのある餅になるんです」
「昔の人は、それを経験で知っていたのですね。凄いですね……」
　深縹は八神の話にただただ驚くばかりだ。
　納得しながら相槌を打つ。
「私もまだまだ知らない事が多いので、こういうお話はとても興味深いです」
　これに八神は気を良くして更に話し出す。
「昔から日本人と餅の付き合いは深いんですよ。餅は古来より、神様に供える特別な食べ物と考えられていましたからね。稲作を中心とする日本の農耕文化においては、自然をつかさどる神に対し、春には豊作を願い、秋には収穫を感謝する祭を行ってきました。収穫した米を贅沢に使った餅は、古くから神様に供える神聖なものであると同時にご馳走だったんです。祝い事の節目に餅を食べるということは、自然の神の力を体に取り入れるアニミズム的な意味も含んでいるんですよ」
　八神の壮大な話に龍目は呆気にとられてしまた。
「餅って実は凄い神聖な食べ物だったんだな……！　日本人でも今は餅つきなんてめったにやらないよな。俺も昔やったことはあるが、いわれとかあまり詳しくは知らなかったぜ」
「身近なことほど調べると面白いんですよ、龍目先輩。そうそう、関ヶ原付近を境に、東日本は角餅、西日本は丸餅に分かれているんです。東は餅を焼いて食べる風習が根強く、西日本は京都の食文化の影響で餅は煮込むものとされているからだそうですよ」
「八神、本当に詳しいな」
　龍目は八神の知識量に感服してしまった。
「そろそろ出番ですよ、行きましょう」
　深縹が２人を促す。
　３人は揃って神棚の前まで移動し始めた。

「おっ、あいつはいけ好かない王子様野郎じゃねーか」
　以前、島での騒動にて、八神の紳士的振る舞いに嫌気が差した雨垂 ミゾレはファインダー越しに目を細めた。
　八神の王子様オーラ（※雨垂主観）に、今日もゲンナリしてしまう。
「あいつ、そんなにモテてーのか？　まぁ、あのくらいの年頃の男は女にモテてーっていう理由で何でもやらかすからな」
　独自の論理で彼は納得していた。
「しかし、被写体があいつらだと仕事とはいえ気乗りしねぇ。……ま、１組くれー撮らなくてもバレねぇよな？」
　雨垂が10分間の休憩だと言わんばかりに持ち場を離れようとしたその時だった。
「すいません、カメラマンの方ですよね？」
　八神が雨垂に気付いた。
「あれ？　以前、お会いしましたよね？　お久しぶりです。えっと……雨垂さんって言うんですね。俺は八神って言います」
　八神は雨垂がぶら下げている記者用のパスに書かれた名前を見ながら挨拶した。
　雨垂は鬱陶しそうに振り返る。
「何の用だ？　俺はこれから休憩……」
「休憩時間はまだ先のはずだよ、雨垂君？」
　いつの間にか雨宮 草太郎……ではなく爺グリーンがニコニコ笑っていた。
　雨垂、思わず顔が引きつる。
「この子達は私の“友人”の教え子でね？　是非とも撮影してほしいなぁ」
「は、はははは！　何言ってるんですか！　俺はこれから休憩時間を確認しようとしていただけですよ？」
　脂汗をかきながら雨垂は誤魔化した。
「ええ、この３人はしっかり撮影しますから。ご安心下さい！」
「うんうん、頼んだよ？　ふぉっふぉっふぉ……！」
　爺グリーンはお腹をぽよんぽよんと波打たせて何処かへ行ってしまった。
「……助かった。ったく、あのジイさん、何者なんだ？　年甲斐もなくこんなイベントに参加してごくろーなった。あっちの赤いジイさんは随分マッチョじゃねーか。これ見よがしに筋肉アピールするつもりか？　やけに女性に人気だしよ、クソッ」
　爺レッドの人気に雨垂は思わず悪態をついてしまう。
　そんな雨垂に八神が答えた。
「爺グリーンの正体は、寝子高の校長ですよ。あと赤青黄緑の４人は、この祭の実行委員なんです」
「マジか、結構偉い連中だったのか？　そうには見えなかったが……。にしても、あのポヨポヨしてる緑の爺さんが校長なのか？　見た限りそんなキャラではあるけどな」
　思わず目を細めて唸ってしまう雨垂であった。
「私たちの写真を撮って下さるのですか？　よろしくお願いします」
　深縹がお辞儀をすれば、龍目も嬉しそうに顔を綻ばせた。
「写真撮影？　ああ、問題ないぜ。むしろ願ったりだ、気合いが入るぜ！」
　寝子高探検部の部長らしく、丸くて輝く探検用ヘッドライトを装着しながら龍目は言った。
「けど八神、そろそろパーカーは脱いだらどうだ？」
　龍目の指摘を受け、八神が恥ずかしそうにパーカーを脱いだ。

　八神の体形はやや細めだが痩せではない。
　インドア派を物語る色白で、贅肉はまったく無い。
　それでも筋肉は少し……というか“意外とある”のだ。
（春先から体力作りをしてきた成果が、確実に俺の身体を変えてきている……）
　八神は自身の努力の賜物に達成感を覚えた。
（……とはいえ、未だに持久力はない。この餅つきでも10分耐えられるといいな）
　２人に悟られないように苦笑する八神である。

　３人は臼・杵・米・神棚に順に一礼する。
　神事であることを踏まえ、諸々の所作を重要視しているからだ。
「おいしいお餅になるように、神様や皆様に喜んで召し上がって貰えるように、私たちは真心こめて餅つきをします」
　深縹の前フリに観客たちは拍手で応える。
「大丈夫だと思うが、あまり臼へ近付きすぎると危ないぜ？　安全第一、事故など起きないようにみんなで目配りや声かけしていくんだ」
　龍目が注意を呼びかけあえば、運営側の爺ズから「その通り！」と合いの手が入った。
「この褌は、友人の手作りのプレゼントなんです。プレゼントに褌って変わってるかもしれませんが、この機会に締めてみました。頑張ります」
　八神の意気込みに、観客の中から「修ちゃんガンバレガンバレなのだ～！」と後木の声が聞こえてきた。
「では早速お餅を……え？　パフォーマンス？」
　深縹は爺ズのカンペ『ここで面白いことをやって！』に狼狽えてしまう。
「俺と八神は餅をつくことに集中しよう。それ自体がパフォーマンスだぜ！」
「そうですね、龍目先輩。クールなハートとホットなパッション、そしてスマートなモーションを心掛けましょう」
　八神の掲げる要素は、どこかアイドルめいていた。
「おふたりはいいですが、私はどうすれば……？　おや？」
　困り果てた深縹の目に飛び込んできたもの、それは和弓！
　爺ブルーが相撲でよく行われている弓取式のために持ち込んでいたものだ。
「すみません、これは実際に射ることはできますか？」
　深縹が尋ねると、爺ブルーは不敵な笑みを浮かべた。
「ああ、できるさ。そう言う奴がいると思って、予め矢と的を用意してある」
　爺ブルーがクールに言ってのけた。
　こうして、深縹は遠的を行うことになった。
「この一矢、皆様の幸福を祈って……！」
　射法八節に乗っ取り、60ｍ先の直径1mの的を狙う。
　一足開きでの足踏み、胴造りからの弓構えは正面の構えで、正面打起こし、そして正面に打起した状態から左拳を的方向へ送り腕を伸ばし、右腕は弦を支え右拳を左拳と高さを合わせながら肘を張り、途中止めずに左腕は弓を押し開きつつ右腕を引き下ろし、次の会へ繋げる。
　形の上では的を狙う動作は完了しているが、心理面では常に狙い続けるために会という工程に終わりというものがない。
　数秒の静寂。
　そして彼の手から矢が離れると、風切り音とともに文字通り矢が空気を切り裂いていく。
　右腕が大きく右方向に伸びる大離れをした後に深縹は残心を行う。
　その視線は、見事に矢が的に突き刺さる瞬間を捉えていた。
「……ありがとうございました。しかし、裸でやるのは、弦で肌を切りそうで怖かったですね……」
　観客は呆気にとられていたが、直ぐに拍手で湧き上がった。
「高校時代、弓道部に所属していた経験が活かせてよかったです」
　餅をつく前なのにこの盛況ぶり、深縹は少々気恥ずかしさを覚えていた。
（しかし、褌姿では、背中に傷跡が丸見えデースね……）
　子供の頃に負った大怪我の痕が上背部中央（と後頭部）にある深縹だが、今はそのことは些細なことだ。
（島の皆様は傷跡なんて気にせず、私の健闘を讃えくれている……。本当にこの島は温かい人達ばかりデース）