【祭のあと】

　霧生 穂月と霧生 里桜はなんだかんだで満足した顔つきで帰路に付いていた。
「思ってた祭りとだいぶ違ったけど、里桜楽しんでくれたみたいでよかった！　来年はもっとカッコイイ所見せるから！　水着で！」
「違うよ穂月、２年後でしょー？　穂月が中学生になったらだね！　あ、そしたら里桜は穂月の先輩だね！　きっと同じ寝子中だもん！」
　あ、でも褌の方が面白いから水着却下★
　里桜の言葉にゲンナリしつつも、里桜が喜ぶならと頑張ろうとしている穂月がいた。
「それなりに楽しかったかな。大好きな兄ちゃんにお土産もできたし！　やっぱり筋肉の付き具合はお兄ちゃんが理想的だなぁ……」
　里桜のお兄ちゃん大好きトークが始まろうかとしたその時、穂月は自分を奮い立たせて言った。
「こ、今度は！　ちゃんとしたデートをしようよ！」
　お願いします、と真っ赤な顔で頭を下げる彼に、里桜は悪魔のような極悪な微笑みを湛えながら答えた。
「うんっ、今度はちゃんとデートしようね♪」
「……やったぁ！」
　穂月は思わずガッツポーズ。
　その反応に里桜はニヤニヤが絶えない。
（面白いからまたからかってあーげよっと♪）
　やっぱり真っ黒だ、こいつ。

「にーちゃん、ねーちゃん、またお祭できるといーね！」
　志波たちに手を振って帰る野坂 庵は終始笑顔であった。
　小さな体と手には、お土産以上の沢山の経験と想い出が詰め込まれた。
　年上の友達も大勢できた。
「本当に来てよかったぁ！　おかーさん！　早くおうちでお餅焼いてっ！」
　母親にせがむ野坂。
　今日は１日中、餅のことが話題に上りそうだ。

　大江山 結月は大興奮のまま祭は幕を閉じた。
「ガチムチ祭、最高っス！　２年後もまた参加したいっスね、牡丹ちゃん！」
「……」
　添木はすっかり枯れ果てていた。
　変態から胸を『月』だと言われて揉まれまくった（そしてシバいた）せいで精魂尽き果てたのだ。
「ゆーちゃん……本当に変わっちゃのね……」
　添木の悲嘆の言葉に、大江山は吹っ切れた顔つきで答えた。
「えっ？　変わったっスか？　だとしたら、ちょっと嬉しいっスね。今の方が昔より自分を恥じない生き方……『漢』らしいっスから」
　大江山にとって、自分の本来の生き方ができる今が『漢らしい』と考えているのだ。
　だから例えオネエ系でも女装男子でも、自分の欲求に従って恥じない人生を尊ぶことにしたのだ。
　添木は思った。
（ゆーちゃんなりに考えていたんですね……。私が理解できるかどうかは、別問題ですけども……）
　添木が綺麗な朝焼けをぼんやりと眺めていると、唐突に大江山が添木をハグしてきた。
「ゆ、ゆーちゃん……！？」
「ちなみに結月、女性も大好きっス。漢女たる者、両性とも愛せないとっス」
　伝わる従兄弟の体温。薫る色気。
「牡丹ちゃん、ごめんなさいっッス」
　大江山はふいに謝罪の言葉を口にした。
「牡丹ちゃんが望む結月じゃなくなっちゃったっスけど、これからも結月と仲良くしてほしいっス」
「ゆー、ちゃん……」
　交差する互いの視線。
　抱き寄せる腕の力は強くなって。
　次第に寄り添いあう２つの頭。
　もしかしたら、起こりえたかもしれない、未来のカタチが、今、ここに再現されていた。
　今だけは、しばしこのまま、抱き合って互いのぬくもりを感じ合っていよう。
　いつの間にか、添木は抱きつく大江山を邪険に出来なくなってしまった……。

　雨垂 ミゾレはようやく仕事が終わった事に安堵していた。
「結局、神魂とは関係なかったな。でも、たまにはこういうフツウの祭もいいか……」
　いや、奇祭だからフツウじゃないのか？
　混乱する雨垂。
「人手が足りなくてつき手に誘われたけど、俺は突っぱねたぜ。撮影スタッフだからな。ろっこん『超人化』も使えねーだろうし、そもそも使うタイミングがねーな」
　朝日を浴びてブツブツ呟く雨垂のそばに、北原 みゆきがやってきた。
「……いつの日かは、生意気な事を言ってすいません」
「ん？　ああ、あの時のチビ助か。何か用か？」
「チビ助じゃありません。みゆきです。北原……みゆきです。ミゾレさんのお名前は、以前、漁港の魚の写真を見て拝見させてもらってます」
「そりゃどうも……、で？」
　子供の相手が苦手な雨垂は露骨に嫌な顔をする。
「俺はこれから帰って現像しなきゃならねーんだ。まだまだ忙しいんだっつぅの」
「まだ……諦めていないんですか？」
　北原の疑問は、雨垂の心の奥底をくすぐる。
「イエローゴシップだけが本当に再起の方法なんですか？」
「何が言いてぇんだ？」
「今日、ミゾレさんはすごく楽しそうでした。聞きましたよ、撮った写真、寝子島だよりに掲載されるですよね」
「だったらなんだよ、お前に何が分かるってんだ？」
「本当に大切なこと、思い出せましたか？　ミゾレさん、活き活きとしてました」
　苛つく雨垂。風体がチンピラめいた彼に凄まれたら、大抵の人は慄いてしまうだろう。
　だが、北原は最初に雨垂と会った時よりも、色々な経験や事件を通じて強くなった。
　……そしてまた今日、新たな試練が立ちはだかった。
　恋愛という試練の壁が。
　だから彼女は怯まない。物怖じせず、立ち向かっていく。
「見当違いかもしれません。でも、ミゾレさん。昔の場所に戻るだけがやり直すことじゃないと思います。新しく前に進む事も必要なんです」
　――ああ、この言葉は、自分自身にも言えるかも。
「思い切って新しいことに踏み出す勇気も必要だって、覚えていてください」
　北原は笹の葉に包まれた餅を雨垂に手渡した。
「ミゾレさん、忙しくてお餅を食べてなかったですよね……？　ふぁんた爺ズに頼んで貰ってきました」
「ガキのくせに余計なお節介だ」
　だが、彼の手は素直に餅を受け取っていた。
「用は済んだか？　だったら帰った帰った」
「……出しゃばった真似、ごめんなさい。お疲れ様です」
　一礼して北原が立ち去っていった。
　空はもう、赤から青色へ変わりつつある。
「女性の縁、か……」
　七夕では『猫嫌いが直る』ように願った雨垂。
　さっき、確かに恋愛運は神棚へ願ってみたが……。
「新しいこと、か。つぅかネタも探さず俺は何やってんだ？　……悪い気はしねーがな」
　そして貰った餅を朝食がわりに食らいついた。
「あ、うめーじゃねーかこれ」

（私はどうしたのだろう？　でも気になってしかたがなかった……）
　北原は自分の行動に驚いていた。
（それに先輩とこれからどう接していけばいいんだろう？　先輩の想い人とは誰なんだろう？）
　疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
（でも、後悔はしたくない。今は前を進んでいこう）
　朝日を浴びながら北原は歩いていく、前へ、前へ。
「私は、前より強くなれたかな……？」
　最後の疑問は、思わず口から漏れてしまった。


＜了＞