【妬ましき人々】

　体育祭、それは爽やかなリア充たちの祭典……仲間同士で協力し、あるいは競い合っては健やかに友情を育み、スポーツできらきらとした気持ちの良い汗をかきながら、日頃の鍛錬の成果を己の心に問いかける。
　あるいは、気になるあのコにカッコイイところを見せ付けるための、格好のアピールチャンスでもあったりなんだりするわけなのです。多分、そっちがメインという人も、これがけっこーいらっしゃるような気もしますけれど。
　それはさておき。そんな定義をしてみたからには、中にはそこへ積極的に加われない方々だって、何割かはいらっしゃるのが世の常というもの。運動イヤー……目立ちたくなーい……リア充爆発しろ……明るい校風の寝子高にも、後ろ向きマインド全開な人々は、あまり多くはないにしろ、やっぱりいるわけでして。
　そんな、ウックツした想いを内に溜め込む非リア充の皆さんに注目したのが、骨削 瓢でした。
「寝子高内にも、そんな連中は巣食っているものさぁ。そいつらを扇動し、勢力を拡大すれば、おたくらの目的も果たしやすくなるよねぃ。ブラザー」
「ええ、素晴らしいですよブラザー！　あなたの悪辣さには、この山田 透遁も頭が下がりますよ、くっくっく……けほっ、こほん」
　ブラザーて。
　瓢と透遁。彼らは邂逅一番、互いを深く理解し……瓢はマタ工不良たちの目的、体育祭の開催中止に協力する旨を申し出たのでした。類は友を呼ぶと言いますけれど、いやはや。厄介な二人が出会ってしまったものです……！
「さあ、体育祭に良い思い出の無い、運動オンチ諸君！」
　ぞろぞろと集まった、いかにもインドア系のモブモブしい方々の前で、瓢はがばっと両手を広げ、高らかに告げました。
「決起せよ！　速く走れる高く飛べる、そんな詰まらぬことを自慢する輩に、体育祭など膝の軟骨をすり減らすだけの無意味なイベントだと、今こそ思い知らせてやれッ！！」
　おお～……と、覇気の無い号令を発して、どよどよとした集団は行動を開始しました。
「くっくっく……おっと、あそこにちょうど良く、イチャイチャと飾り付けを製作中のリア充どもがいますよ。さあ皆さん、あの不愉快な虹色を、ブチ壊しておしまいなさい！」
　おお～……覇気の無い掛け声と共に、透遁の指差した先……仲睦まじく体育祭の準備をしていたカップルらしき男女へ目がけ、わらわらわら。暗い顔をした集団が波のように押し寄せてきたものですから、男女はわーっきゃーっと悲鳴を上げつつ逃げ惑います。
　ばきばきばきん！　程なくして製作中の虹色飾りは、無残に踏み壊されてしまいました。
　どうしてこんなひどいことを……なんて、しくしく泣き出してしまった彼女を、彼氏が慰めながら、理不尽でご無体な集団を睨みつけます。どよどよな彼らは、真っ直ぐなその視線にびくりとして、バツが悪そうにささっと目を反らしました……が、透遁は意にも介さず、
「くっくっくっ、その目！　実に愉快ですね！　さあブラザー、次行きましょう、次♪　このまま、体育祭にまつわる全てを破壊しつくすのでえーっほげほげほ！　ごほん、くっくっく！」
「分かってるよぃブラザー。さあて、せっかくの機会……素晴らしき混沌を、撒き散らしてやろうかぃ？」
　にーんまり！　瓢は歯をむき出しにして笑うと、いやにテンションの高い透遁、対照的などんより集団を率いて、次なる標的へと向かいました。



「なーにが体育祭だいっ！　いまいましいね、ちくしょうめっ！」
　明るい校舎。あちこちで見かける、生徒たちの生き生きとした顔。賑やかな虹色の飾りつけ。そんなものを目にするたび、佐藤 御舞鈴は逐一、悪態を付いておりました。マタ工には無いそれらが、彼女にはひどく癇に障るようです。
　ちなみに彼女、先ほどびりりと服を破られてしまい、代わりを探しているところ。
　つまりは、まあ何と言いますか、あられも無い下着姿のままです。
「ふん、寝子高生なんて、軟弱な連中ばかりだね。やっぱりアタイには、田中さんみたいな男らしい……ん？」
　ちゃぷちゃぷという水音に、何とはなしに足を向けてみれば。
　そこは、プールでありました。今時分は水泳部の練習もないようで、周囲に人の気配はありません。
　更衣室に着替えでも無いものか、とプール脇の女子更衣室を覗いてみると、
「……！？　いや、これは……け、けど、下着のままよりは……」
　見つけたそれを、背に腹は代えられぬ……と、躊躇しつつも身につけたものの。いまひとつサイズが合っておらず、ぱつんぱつん。
　と言いますか、スクール水着ですこれ。
「おやおや、これは……随分と勇ましいと思ってたら、中身は別嬪さんじゃねぇか」
　更衣室を出たところでかけられた声に、がばっと振り向けば。
「あんたは……ふん、さっきはよくもやってくれたねぇ？」
「先ほどは失礼。どうだい、ここなら邪魔は入らないぜ。仕切り直しと行かないか？」
　七峯 亨。御舞鈴の服をびりびりっとした張本人が、目の前におりました。



　スクール水着にメリケンサック、という御舞鈴の出で立ちもなかなかシュールではありましたけれど。
　対する亨もまた、なぜか半裸。プールサイドだからでしょうか、はたまた気合の現れでしょうか？
　ともかく両者、決着を着けるべく、ここに激突するのであります。
「おりゃーっ！」
「ぬるいぜッ！！」
　鋭い御舞鈴の一撃を難なくかいくぐり、しゅるるるる！　縮身した亨は、御舞鈴の素足の指、爪の間へと、一緒に小さくなった裁縫針でもって、ぷすり！
「ひあん！？　こっこの、妙なワザ使いやがって、ちょこまかと……！」
　踏み潰してやろうと床へ足を叩き付ける御舞鈴ですけれど、ちび亨はひらりひらりとそれを避け、ぷすり。
「ひゃあん！？　こっ、こっ、この……！」
「おら、どうした？　まだプチッとも、ミシッとも逝ってねぇぞッ！」
　足を大きく振り上げた御舞鈴……大振りな一撃は、亨の待っていたチャンス！
　あっという間に身体を元の大きさへと戻すと、その勢いのままに相手を跳ね上げ、足を払い、
「っきゃあああ！」
　ばしゃーん！　水の張ったプールへと叩き込みました。
「小虫にさえ、初撃を損ねた。その時点で、勝負は決まってたのさ。諦めな……テメェの負けだッ！」
「何を！　まだ……まだ、終わってないよ……！　アタイは、田中さんのためにも……負けられないんだっ」
　ざばんとプールから上がり、濡れた身体もそのままに、突進する御舞鈴……けれどもはや、大勢は決していたようです。
「良い覚悟だ、けどな……覆させねぇよっ！！」
　巧みに縮身を活かし、やみくもな一撃を紙一重でかいくぐり。
　能力を解除すると……裂帛の気合を込めて！
「こっちもなっ、腹ァ括っとるんじゃオラァァァアアアアアアッ！！」
「ぎゃいんっ！？」
　ダメ押しのアッパーカットが、炸裂！！
　キレイな放物線を描いて吹き飛んだ御舞鈴は、ぼちゃんと再び、水の中へと沈みました。
　ぶくぶくぶく……。
「……っぷは！」
　顔を出した御舞鈴へ、亨が水際から手を伸ばしてやると。少し逡巡しつつもその手を握り、引っ張り上げられるのに身を任せました。
「っ、くそぉ……田中さんの役に、立ちたかったのに……」
「そんなに好きなのか？　あのデカブツ」
　ぺたんとプールサイドにお尻を付くと、がっくりとうなだれる彼女。物理的にも、精神的にも叩きのめされてしまったようです。
　弱った口からは自然、こんな言葉が漏れてきます。
「田中さんは……確かにデブだし、見てくれは悪いし、ちょっと息もクサイけどさ。でも、男らしくて……あれで結構純情で、可愛いとこも……って、何言わせるんだい！」
「……良いぜ。この際だ、吐き出しちまえよ、全部。聞いてやるから」
「あんた……」
　すっかり沈み込んでしまった恋する少女に、亨も思わず、真剣な顔でそう言いました。
　立場上は、確かに敵同士。しかしながら、亨は別に彼女が憎いわけでもなく、降りかかる火の粉を払ったまでなのです。
「田中さんは、アタイを見ちゃいないけど……田中さんが望むことなら、アタイは何でも……」
　自嘲するような切ないつぶやきへ、亨はしばし、耳を傾けてやるのでした。