【みんなの体育祭】

　人数だけは大所帯な、骨削 瓢・山田 透遁連合軍でしたけれど。校内を練り歩き、人数に任せて混乱を撒き散らしていた時が、いわば彼らのピークでありまして。
　総力戦の様相を呈するグラウンドにおいては、集まったインドア戦士たちがもとより荒事に向いているわけも無く、彼らにできることと言ったら、石灰仕込みの煙幕弾を控えめに投げつけるか、逃げ腰で遠巻きに眺めるくらいのもの。実質矢面に立っていたのは、先陣を切った田中 王苦のみで、後は彼のでっかい身体を遮蔽物として、ひいこらと逃げ回るだけなのでした。
　という、そんな頼りの王苦が、ずずんと地に伏した今。
「えっあっ、ちょっとあなたたち！　どっどっどこへいくんですか、戻りなさい！　ちょま、うぇほっげほごほーっ」
　わああ～……去り際まで覇気の無い声を上げながら、透遁の必死さにじみ出る呼び声も空しく、あっという間にチリヂリに散っていってしまいました。
　瓢はそんな彼らを眺め、
「いやいや、根性の無い連中だ。ま、そういうのばっかり集めたんだから、当然だけどねぃ」
「な、何をノンキに言ってるんですかブラザーッ！」
　喚きたてる透遁。
　もはや、彼ら二人を守るモノは何も無く、周囲を囲み、じりじりと詰め寄る寝子高生たち。
「ひっひぃー！」
「まぁまぁそう慌てなさんな、なるようになるよぃ」
　もはや怯えるばかりの透遁に、瓢はあくまでにっと笑みを浮かべるまま……と。
　その時でした。
　がらがらがらがらがら！　場へ乱入してきたのは、手押しの台車で、何やら物が満載のダンボール箱を運んできた……彼らは、実行委員たち！
「……そこまでだ！」
「どうだ、ここらで一息つかないか？」
　凛々しい顔をきりりと引き締めて立つ、楪 櫻。作戦の立案と実行に奔走していた、クールな八神 修。
　そして……ハイテンション実行委員長、志波 武道。
「休憩ターーーイムッ☆　食べ物を用意したから、皆で食べてくれよ。大人気の焼そばパンだってあるんダゼ！」
「何ィ、ヤキソバパンだとコラァ！！」
　がばっ、勢い良く跳ね起きた王苦。体型から察する通り、美味しい食べ物には目が無い様子。先ほどのダメージもどこへやら、目を輝かせ、さっそくダンボール箱の中を物色し始めました……そう、修の思惑通りに！
　箱の中には、購買でしこたま買い入れたり、料理系の部活に応援を頼んで調理してもらった、食糧の数々。定番の焼そばパンにしらすの乗った寝子島パン、かわいいサンマさんパン。それにお菓子の類などが、ぎっしり！
　つまるところ、修の立てた作戦とは、この田中 王苦の篭絡にありました。いささか状況は混乱しておりますけれど、瓢にしがみついてぽかんと口を開けるだけとなった透遁よりは、やはりこの場では、リーダーたる王苦に決定権が戻ったと考えるべきでしょう。
　そんなわけで、狙いバッチリ。
「おいコラァ、これ、食ってもいいのか……！？」
「モチ！　代わりと言っちゃあ何だけどさ、王苦君」
　馴れ馴れしくそんな風に呼び、武道はにっこり、彼に提案しました。
「それ食いながら、ちょーっと、話でもしないかい？」



　しばらく後。
「……マタ工にゃァよう、女ッ気はねェしよう、おっかねェ先輩たちが幅利かせてるしよう。あと女っ気はねェし、体育祭なんてモンもねェんだよ……それに、女っ気もねェしよう」
　両手に焼そばパン。その優しい味には、不良の鑑のような王苦も思わず、ホロリ。
　ぽつぽつと、己の心情を吐露し始めました。
「楽しそうに準備してるテメェら見てたら、羨ましくってよう……だって、ネコミミだぜ？　女子が付けるんだろ、それ……？　ちくしょう、何でマタ工にゃ、そういうオモシロオカシイイベントが無ェんだよ……！」
「やから、俺らにケンカ売りに来たってか？　八つ当たりもいいとこやな……」
　切ない……ようなそうでも無いような、反応に困る王苦の独白に、浅沼 柳司は眉を吊り上げ。
　そして、こんなことを言いました。
「文句があるんやったら、ケンカやのうて、俺らの体育祭で正々堂々戦ったらええやんか。そこで、白黒はっきり勝負つけようや！」
「へっ？」
　きょとん。柳司の言葉の意味が分からず、王苦は目を点のようにすると、
「な、何だそりゃ……？」
「だーから！　お前らやって、一般参加ＯＫの競技には出られるんやで？　どうせなら、それに出たらええやんか！　通報されて警察に怒られる、なんて心配もせんで、堂々と目立てるで？」
　ぽかーんとしているところ見ますと、どうやら、そこらへんのルールのことは知らなかったようです。
「実は、その話をしようとここへ来たんだ」
　進み出た修が手渡したのは、数枚のチラシに、校内新聞のバックナンバー。
　過去の体育祭について書かれたそれらを、修はご丁寧にも、健康的かつ活動的な爽やかスポーツ系女子たちの写真が掲載されているもの中心に、ピックアップ。
　食糧供給作戦と並列して、彼は周到に手を回していたのでした。
「うっうおおお、これはァァァ……」
「寝子高の体育祭は、地域に向けて開かれたイベントなんだ。もちろん、マタ工生だって歓迎さ。それに……」
　王苦の耳元へ口を寄せ、こっそり。
「男女の出会い、交流の場でもある……」
「……ふしゅっ、ふしゅーっ！」
　がぜん鼻息の荒くなる彼。どうやら、大分乗り気のようです。
　そして、ダメ押しのように、
「そうだよ～、田中のアニキ！」
　鈴木 零斗に付き添ってやってきたのは、御巫 時子。彼女は王苦の一見コワモテにも、変わらずいつものようにふんわりと微笑を浮かべ、言うのです。
「せっかくの体育祭ですから……皆さんが仲良くしていただければ、嬉しいです。ね……？」
「うんっ！　ねえアニキ、オイラたちも飛び入り参加しようよ～！　何かを壊したり、誰かを蹴っ飛ばしたりするの、オイラもういやだよ～……」
「……鈴木、お前ェ……」
　時子の笑顔にはちょっぴり、でれっと鼻の下を伸ばしそうになりつつも。小さな弟分のしょんぼりとした顔には、王苦も思わず口をつぐみます。顔に似合わず面倒見の良い彼、部下のために思うところもあるようです。
　うーん、と似合わない思案顔を浮かべること、しばし。
　やがて、
「……よォし、分かったぜオラァ！！」
　振り返れば、武道のにこにこ顔。
　その目の前で、王苦はすう、と息を吸い込むと……。
「ネココーの体育祭をブッ潰すのは、ヤメだッ！！　代わりに俺たちマタ工生も、参加させやがれっオラァァァ！！」
　怒号のごとき叫び声。いささか口は悪くとも、その切なる願いは、学校中へと響き渡りました。
「モーッチロンサァー！　ぜひ、皆で遊びにオイデヨー！」
　間髪入れずの武道の返答は、最初から用意されていたもの。
　そう。実行委員たちの総意は、初めから決まっていたのです。いかにして体育祭を守るか……そして同時に、マタ工生である彼らと遺恨を残さず、いかしにして今後のための良い関係を繋げるか？
　それこそが、作戦立案における重要な骨子であったのです。
　その深い、深い思いやりときたら！
「お、お前ら……！　何て、何て良いヤツらなんだコラァァァ！！」
「寝子高の体育祭は、盛り上がって楽しいんだゼーイッ、一緒に楽しもう！」
「う、う、うおォォォオオオン！！」
　ここに和解を果たした両者は、ぐっとカタイ握手を経て、ぎゅーっ！　にっこり武道と抱き合った王苦の、良く見たら意外につぶらな瞳からは、滝のような感涙がどばーっと流れ落ちて……。
「……ただし」
　ぴたり。
「君たちが今日、この場でしたこと。その重さだけは重々、理解しておいてくれ」
「当日は、会場内でのケンカはご法度ということで。よろしく頼むよ……田中『リーダー』？」
　オチャラケは一瞬ナリを潜め、真顔で述べた武道の、静かな怒りと冷たい目。
　念を押した修のかもしだす、笑顔の裏に隠された、抗いがたいプレッシャー。
「わ……分かったぜ、オラァ……えっとなんか、マジすんませんでした……」
　巨漢の不良は身を縮みこませ、ぶるる、とひとつ身体を震わせたのでした。