【作戦完了！】

　告白大作戦が成功を収めてから、いくらか時が経ってからのこと。
「何だかんだで、楽しませていただきましたわよ？　まさか、告白が成功するとは思っていませんでしたけれど」
　うららかな陽気の下。庭園に据えられた、白いテーブルセットの椅子に腰掛けた毒島 虹子は、優雅な仕草でお茶を一口。
　丸いテーブルには、他にも幾人かの姿がありました。
「それにしても、驚きました……！　まさか……」
　のんびりとくつろぎながら、ほうと嘆息する雪乃宮 心花。
「まさか、修さんとハナさんが、先に連絡を取ってたなんて……」
「作戦を普通に実行したら、それこそ不法侵入。器物破損に、場合によっては暴力沙汰までついてしまうかも知れないからな。それでは、彼のマイナス評価になってしまうだろ」
　さらりと澄まし顔で言ってのけた、八神 修。
　そう。修は、今回の作戦への協力を申し出た直後に、自身の家柄によるコネや、政治家である父親譲りの卓越した社交術をこれでもかと発揮し、密かに根回し工作を行っていたのでした。
　彼自身も星が丘在住、いわゆるセレブでありまして。そんな修からの接触には、今はこうして卓を囲んでいるハナおばあさんも、興味を持ったのだと語ります。
「一人でこんな広い家に篭もっているとね、やっぱり退屈なのよねー。私、若い頃はバリバリ働いていたでしょう？　もーヒマでヒマで。そんなときに、この修ちゃんが来てくれてね。お父さんのことは存じてたから、お話を聞いてみたら……ふふっ。これが、楽しそうだったのよね」
　あえて警備員たちには知らせず、本当にアインシュタインさんが自分の前に現れてくれるのか、楽しみに待っていたのだそう。
　にっこり笑ったハナおばあさんの、しわだらけのお顔は、それでもやっぱりチャーミング。魅力的なのです。
「私としては、盛大にフラれてしまう場面も、ちょっと見たかったですわねぇ。あ、これ、オフレコでお願いしますわね？」
「あはは、残念だったわねー虹子ちゃん。私、アインちゃんのこと、案外気に入っちゃったもの。約束どおり、お付き合いさせていただくつもりよ」
　何だかもう既に、そんな風に親しげに彼を呼ぶおばあさんには、虹子も笑って肩をすくめました。
　隣の心花は嬉しそうに、
「でも良かったです、無事におじいさんとおばあさんが、お友達になれて！」
　実は、何を隠そう、今日のこのお茶会がセッティングされるきっかけを作ったのは、彼女だったりします。作戦の後、自己紹介がてらに、自分たちともお友達になってもらえませんか……？　なんて申し出た心花に、ハナさんは快く了承をくださいまして。
　花の付く名前同士、不思議な縁も感じたのかも知れません。また遊びにいらっしゃいな、という彼女のお言葉に甘えて、こうしてお茶をご一緒しているのでした。
　女性たちが恋愛談義になど興じる、その傍ら。
「恋愛か。ああ、何だか俺も……顔が見たくなったな……」
「あらあら？　今度は八神さんの恋愛話ですか、そちらにも少々、興味がありますわねぇ？」
　虹子はどちらかといえば、思わずそんなことを口走ってしまい、ちょっぴり慌てた修の顔を楽しんでいるようでしたけれど。
「修ちゃんの想い人の話かしら、確かに聞きたいわねー。ほら、話してごらんなさいな？　おばあちゃんがアドバイスをして差し上げるわよ？」
「わぁ、良かったですねー修さんっ！」
　俄然勢いに乗る、ハナさんと心花にも詰め寄られて。
「やれやれ……俺も頑張らないと、な」
　修は苦笑いを浮かべながら、甘い紅茶を口にしました。



「弟子にしてください！！」
　九夜山の中腹、ほったて小屋にて。真剣な顔で三人のおじいさんに頼み込むのは、竜造寺 洸です。
「私をぜひ、お三方の弟子に……私もこんなすごいメカ、発明してみたいんだ！！」
　とかく機械に関しては、人並みならぬ意気込みを見せる洸のこと。今回活躍したメカたちの魅力、そしておじいさんたちの類稀な才能に、すっかり惚れ込んでしまったようです。
　……まぁこれ、神魂のおかげなのですけれど！
　おじいさんたちにしてみれば、そんな風に持ち上げられては、悪い気はしないというもの。にやにやと分かりやすく口元を綻ばせ、
「おお弟子か、苦しゅうないぞ！　ちゅうことは、お主も寝子島少年科学団の一員として、ふさわしい呼び名が必要じゃな」
「うむ、そうじゃなぁ……ヴォーカンソンとかどうじゃ？」
「近代オートマタの祖か、しかしちょいとマニアックじゃないかのう」
「なにおう、ワシのナイスなネーミングに異議があるっちゅうんか」
　けんけんがくがく。呼び名はさておき、どうやら弟子入りは認めてもらえたようです。
　洸は、三人が囲む台の上、組み立て中の機械部品たちを目にすると、
「こいつが新しい発明品か、すげぇ……！　私にも手伝わせてくれ、ぜひ間近で、その知識や腕を見せてもらいたいんだっ」
「おう、そいつは助かるのう。今度はこのメカで、ハナちゃんとのデートに、サプライズなプレゼントをっちゅう作戦でな……ふっふっふ！」
　アインシュタインさん以下、彼らは新たな悪だくみ、いえいえ発明へと没頭していくのでありました。
　……という、三人＋弟子一人の張り切りようを、ちょっと遠巻きに眺めながら。
「妙なことに巻き込まれたかと思ったけど。ま、終わってみりゃ、結構楽しかったかもな。爺サンたちも上手くいって何よりだ！　なあ？」
「ああ、そうだな……」
　無事に作戦を遂行することができて、気持ちのいい充足感を味わう楢木 春彦。
　その隣、御剣 刀はと言いますと、ちょっぴり物思いにふけっておりました。
　元気の良いおじいさんたちを見ていると、彼には思い出すことがあるのです。
　それは刀の剣術の師である、祖父のこと。
　祖父もまた妻、刀にとっての祖母との惚気話を、しきりに孫へ話して聞かせてくれました。何でも、多くの美人に囲まれ声をかけられるようなイケイケだった若き日の祖父も、いつも側にいてそっと寄り添い支えてくれる、幼馴染だった祖母と、結局は一緒になったのだとか。料理上手な祖母に、がっちりと胃袋を捉まれていたというふうにも、刀には見えましたけれど。
（俺の場合は……どうだろうな）
　脳裏に浮かぶのは、幾人かの親しい女の子たち。その笑顔。例えば自分が、彼女たちへ告白する！　なんていう立場だったとしたら。
　そんなことを想像すると、どうにもむず痒くて。断られたら……と思うと、なかなかに恐ろしいものもありまして。
　やっぱり、難しいことだなぁと、改めて再確認してしまうわけなのです。
　うーん、と思い悩んでいる様子の刀。その横顔に、春彦は少しばかり首を傾げると、やがて冗談めかして言いました。
「御剣も、何か苦労してるみてぇだな。どうよ、爺サンたちに助けてもらったら？」
「いや……それは遠慮しとく。自分で何とかするよ。爺ちゃんたちのメカに頼って、成功するビジョンが見えないしな」
「はは、そりゃそうか！」
　二人は顔を見合わせ、明るく笑い合うのでした。



　何はともあれ、作戦は大成功。
　皆さん、お疲れさまでした！