ドレスに願いをかけて｜リアクション

ドレスに願いをかけて

●恋に憧れ、恋焦がれ
　パートナーに手を引かれるままに、ダンス会場へとやってきた畑中華菜子。
「変に構えずゆったりと踊れば良い。安心しろ、私がいる」
　そんな浮舟久雨の言葉にうれしそうに頷き、華菜子は身をあずける。
　同性ながら、背の高い久雨のリードは完璧だった。
　言葉で聞いただけでは踊り方が飲み込めず苦戦していた華菜子も、
　エスコートされるうちに踊り方を覚えてきた。
「久雨ちゃん、すっごいアル！　私、ちゃんと踊れてるアルよ！」
　慣れないドレス姿で苦戦する華菜子を、久雨の腕がしっかりと支える。
　見よう見まねのステップではあったが、多少よろけても抱きとめてくれるパートナーの頼もしさに、
　華菜子もしだいにダンスを楽しめるようになっていた。
　そんな頼もしい久雨の顔を見つめながら、華菜子はひとつの疑問を抱いた。
（「久雨ちゃん、あの人といる時もこんな感じアルか？　ちょっぴり気になるヨー」）
　首を傾げるのにあわせ、普段シニヨンにして纏めていた長い髪がゆれた。

　華菜子が疲れてきたとみて、二人はダンスホールからいったん抜けだす。
　休憩がてら、華菜子は前々から考えていた誘いを口に出した。
「そうだ！　今度、久雨ちゃんに似合うチャイナドレスを探しに行くアルよ！　ドレス選んでくれたり一緒に踊ってもらったぶんのお礼アル！」
「勿論だとも。但しズボンで頼む」
　そういって苦笑いする久雨。
　気持ちは嬉しいが、女性らしいスカートやドレスを身につけているとそわそわして落ち着かないのだ。
「やった！　うー、今から楽しみアル！」　
　そういってうんと腕をのばす華菜子。
　大きく伸びをしながらまわりを見ていたが、休憩所になっているこのロビーにもカップルらしき人たちが多数いた。
　憧れる気持ちを押さえきれなくなり、華菜子は直球勝負に出た。
「久雨ちゃん、恋するのってどんな気持ちアルか？」
「なっ、何を突然……！　なんでそれを……」
　うろたえる久雨。素直な性格ゆえに遠慮がない。
　どうやら華菜子の前では隠し事は難しそうだ。
「その……そんなに分かりやすかった、か……？」
　他ならぬ友人の華菜子の手前だ。ほかに誰も聞いてないのを確かめ、事実だと認める。
「恋とはな……恋とは、だな」
　しばらく考えたあと、自分の中でも答えが出ていないのに気づく。
　この気持ちの名前は知っていても、どこから来るのか、どこへ向かいたがっているのか。
　久雨自身にもわからなかった。
「質問に質問で返して悪いが、華菜子は恋とはどのようなものだと考える？」
　返答に迷って華菜子に逆に聞き返すと、華菜子は握りこぶしつくってこう力説した。
「恋すれば大人になれるアルよ！」
　たぶんそれ答えになってない。
　仕方なく、ぽつぽつと考えをまとめながら語ることにした久雨。
「恋とは……私にとってよく分からないもの、だ」
「うん」
「近くに居たいのに、いざ距離を縮めると離れたくなって」
「うんうん」
　久雨が顔を赤らめて小声になるにつれて、華菜子が聞き逃すまいと距離を縮める。
「……そして暖かい痛みが胸に走って、引き裂かれそうになった」
「アル！！」
　恋に恋する華菜子。あくまで純な気持ちの少女に距離を縮められ、ソファの端に追いやられていく。
「っ……！」
　あまりのプレッシャーに耐えきれず、久雨は立ち上がって荒い呼吸をした。
「これ以上はまた！　また今度話そう！」
「最後まで聞けなくて残念アルー」
　華菜子は残念がったが、このままでは気持ちのすべてを根っこから掘り返されてしまいそうだ。
　恋のカタチを知りたいのはむしろ、久雨の方なのかもしれない。
「……いつか華菜子に好きな人ができたら、教えてほしい」
　そう静かに思いを語り、ダンスホールに戻ろうと久雨は手を差し伸べた。