想いが籠ったお弁当｜リアクション

想いが籠ったお弁当

　制服を着たまま、布団に倒れ込むようにして寝ていた笠原ひびきが目を開けた。薄暗い部屋を気にすることなく、すっくと立ち上がる。青い双眸に寝ぼけた様子は微塵も見られない。

　頬に纏わりつく髪を手で払い除けて部屋を出た。薄暗い廊下を進んで台所に入り、壁のスイッチを入れた。
　ひびきはがらんとした台所で腕を組んだ。
「北条の誘いに乗ったのはいいが、弁当か」
　ひびきは昨晩に残ったご飯を目にした。おにぎりに使えるだけの量はある。冷蔵庫には定番の卵やベーコンが入っていた。野菜室からはアスパラの束を取り出す。底の方で紫蘇の入ったトレイを見つけた。
「これらは使えるな」
　手に入れた食材を食卓に並べていく。その過程で目にした竹輪や梅干しも取り出した。
「……何から作ればいいのか」
　またしても手が止まる。ひびきは一通りの食材を眺めた。
　その時、背後で床が軋むような音がした。振り返ると眠そうに目を擦る母親がいた。食卓の食材を見て、大丈夫なの、と聞いてきた。
「弁当くらい自分で作れるって」
　ひびきは軽い調子で言った。本当に、と母親は気に掛けながらも部屋に戻っていった。
「……じゃないとあんま意味ないからさ」
　ひびきは袖を捲った。流しで手を洗って戸棚からボウルを取り出す。
「卵焼きからいくか」
　包丁の背で卵を割って中身をボウルに入れていく。
「三個くらいか」
　味付けに砂糖を入れた。少し考える顔でミリンを加える。出来上がりの色目を気にして白醤油を少々。それらを菜箸で素早く掻き混ぜた。
「フライパンはこれか」
　四角い卵焼き器を火に掛けて適当に油を落とす。空いた時間に竹輪と紫蘇、それに梅干しを持って俎板に乗せた。竹輪は包丁で全てを縦に両断。手早く横にして長さを半分に切り揃える。紫蘇は竹輪の幅に合わせて切った。
「爪楊枝がいるな」
　引き戸から爪楊枝の容器を持ち出した。卵焼き器から白い煙が立ち昇る。ひびきは少し焦った表情で火を弱めた。念の為に油を継ぎ足す。
「そろそろか」
　ボウルの中身を軽く混ぜて卵焼き器に加減して落とす。目算を誤ったのか。勢いよく焼ける音がした。
「ちょ、ちょっと待て！」
　ひびきは菜箸を使って大慌てで生地を巻いていく。剥がれ難い箇所は菜箸の先端で何度も突いた。格闘に近い努力の末に少し黒い卵焼きが出来上がった。
「まあ、悪くはないな」
　皿に乗せた卵焼きを見て言った。
　ひびきは中断していた作業に戻った。梅干しから種を取り出し、果肉を包丁で細かく刻んだ。用意した竹輪に紫蘇を乗せて梅肉を塗る。一気に巻いたものの、反発が強い。
「工夫がいるか」
　竹輪の外側の部分を細かく切って曲げ易くした。巻き上がった物を爪楊枝で刺して止めれば完成である。同じ工程を繰り返して大量に作った。
「簡単な割に良い出来だ」
　機嫌よくアスパラのベーコン巻も作り、フライパンで炒めた。味付けは塩と胡椒で簡単に済ませた。
「あとはおにぎりだな」
　それとなく時計に目をやる。焦るような時間ではなかった。微かに口角を上げて汚れた手を洗った。
　ひびきは最後の仕上げに取り掛かる。