想いが籠ったお弁当｜リアクション

想いが籠ったお弁当

「ひびきさん、今日は晴れて良かったですね」

　冬華は白いフリルの付いた長袖のブラウスにコルセットと一体化した黒いスカートを穿いていた。細い胴体が余計に胸の膨らみを際立たせている。
「そうだな。気温もちょうどいい」
　ひびきは深い緑色の長袖シャツを着ていた。動き易い臙脂のズボンを穿いて力強い歩きを見せた。
　次第に山が近くなる。ひびきは背負っていたリュックサックを軽く引き上げた。
「北条、山頂にはどうやっていくつもりだ？」
「できればロープウェイが嬉しいです」
「ま、そうなるだろうな」
　ひびきは冬華の格好を改めて見て言った。
　二人は道なりに歩いてロープウェイの乗り場にやってきた。出発時間を待つ人々の姿がちらほらとあった。
　券売機を前にして冬華がぽつりと呟いた。
「……ここ、往復で買っても割引は無いのですね」
　首を傾げた冬華は、まあ、いいですけど、と不満そうな顔で手に提げていたバッグから財布を取り出した。
　おおー、という声が聞こえてきた。なんだ、と訝しげな声でひびきが声の方を向いた。執事然とした格好の祐と儚い印象を与える渚砂が並んでやってきた。
「山ですよ、奥さん！」
「山だな！　お兄さんだ！」
　澱みの無い受け答えは掛け合い漫才を見ているような気分になる。
　それにしても、と祐は切ない表情で頭を振った。
「ここに彼女がいたら、最高だったんだが」
「彼女はいないが、お兄さんはいるぞ！」
　ミサンガを嵌めた右手に握り拳を作って熱弁した。そうだな、と返した祐にひびきと冬華の姿が映る。
「大きいな」
　祐の一言でひびきは冬華の前に立った。青い目が鋭利な刃物のように細くなる。
「何が大きいんだ」
「え、もちろん山のことだよ。九夜山は大きいなー」
　祐はロープウェイの乗り場から見える山に向かって言った。そんな様子をひびきは用心深い目で見やる。
　見兼ねた渚砂が柔らかい表情で口を挟んだ。
「ＴＡＳは悪い奴ではないぞ。ただの執事だ」
「なんで執事がこんなところにいるんだ？　それにあんたは誰よ」
「自分はお兄さんだ。海からやってきた」
　ひびきは警戒を強めて一歩、後退した。
「そうなんだよ。俺にもわかるぜ。渚砂さんの話は本当なのに、なぜか嘘っぽく聞こえるんだ。これには俺もフォローができないぜ。お詫びに飴をあげよう」
　祐は掌に乗せた飴を差し出した。目にした冬華が前に出て飴を摘まんだ。ちょっと、と非難めいた顔のひびきに飴を見せる。
「ひびきさん、この飴、とても可愛いです」
「可愛くないことはないが」
　飴の包みには単純な線で猫の絵が描かれていた。祐は残りの一つをひびきに差し出す。
「……甘いものは嫌いではない」
　ひびきは少し視線を弱めて飴を受け取った。
「おっ、ロープウェイが戻ってきたぜ」
「そうだな。ＴＡＳ、券を買うぞ」
　二人が券売機に向かっている間にひびきは冬華の手を引いて乗り場に向かった。祐は尻目に見て、大きな胸だな、と改めて感想を口にした。