彼岸の門のその向こう｜リアクション

彼岸の門のその向こう

　学校ジャージ上下に陸上部Tシャツ、背中にはカツブシ粉にマタタビ粉、デジカメにスマホにインスタントカメラの入った赤猫リュック。
　装備は万端とばかり、後木真央は元気いっぱい黄昏の石橋の上で跳ねる。翡翠の色した瞳を巡らせ、橋の上で周囲を見回す人々を確かめる。皆、同じように白蛇に呑まれて此処に迷い込んだのだろう。
　その内に知った顔や親しい友人を見つけ、真央は満面の笑みを浮かべる。皆が居るなら、何にも怖いことなんかない。
　躊躇うことなく欄干の腰掛ける猩々面の元に駆け寄る。
「おいちゃんおいちゃんお久しぶりなのだ♪」
　賑やかな真央の後ろ、慌てる素振りも見せず周囲を見回していた薄野五月が、眼鏡の奥の黒い瞳に猩々面の赤を映す。
（猩々面の方にお会いするのもこれで三度目でしょうかー）
　生真面目なお辞儀をする五月に、猩々面は不真面目にひらひらと手を振るも、マイペースな五月は気にしない。挨拶を済ませたことに満足して、人外の者が闊歩する黄昏色の町へと足を向ける。
「おいちゃんみたいなお面はどこで売ってるのだ？」
　橋の向こう、山門を経て広がる賑やかな町を見遣り、欄干に腰掛ける猩々面の男を見上げ、真央は興味津々問いかける。
「楽しんでるみんなを脅かしたくないからかぶって遊ぼうと思うのだ」
「えらい気遣いやねえ、おおきに。せやけど、かまへんかまへん、ここの奴らはそないな細かいん気にせえへんし」
　猩々面は酒臭い息で笑う。
「貴方はここの住人なんですか？」
　不安気に、楽しげに、それぞれの感情抱きつつもとりあえずは町へと向かう人々の流れに逆らい、八神修が酔っ払いの前で足を止める。
「修ちゃん」
「やあ、真央」
　親友に向け顔を輝かせる真央に片手を上げて挨拶し、修は猩々面に向けて端正な一礼をする。
「先だってはお世話になりました」
「ああ、電車で逢うた子やな。かまへんかまへん」
　夏の頃、この世ならぬ駅に迷い込んでしまった際に世話になった礼を言うも、男は投げやりに手を振るばかり。
「それで」
「ここの住人か、なあ。どうやろな。住人言うたら住人やし、違う言うたら違うし」
　のらりくらり、酒をあおりつつ怪しく笑う猩々面に、修は冷静さを欠片も失わずに問いを変える。
「この世界はどういう者達の住む場所なのです？」
　猩々面は無言で山門の向こうの町を指し示す。自身の目で確かめろと言うことらしい。
「こんな酔っぱに聞いてもあんじょう答えるか分からへんで。そもそも何でおれに聞くんや」
「記憶を無くしたくないからですよ」
「兄ちゃんも案外人食ったようなこと言うなあ」
　爽やかに笑む修に、猩々面はいっそ楽しげに笑う。
「記憶はあげられませんが対価は払います」
　礼の代わりに差し出すのは、持って来ていたチョコレート菓子。猩々面は箱ごと渡されたお菓子を物珍しげに眺め、また酒を含む。
「もろとこ。けど、おれは別に記憶食うたりせえへんで。そう言やこの前もこっちの子ォに何やかんや貰うたな」
　ごちそうさん、と真央に手を合わせる猩々面に、修は僅かに苦笑する。彼から有益な情報は得られそうにないと判断し、町へと視線を向ける。自分の足で知識を得るしかない。
「真央ちゃんは猩々のおいちゃんに話を聞いてから豪遊なのだ」
　先に町へと向かう修に手を振り、
「おいちゃん、一度目は偶然だけど二度目は奇跡、ってナニカで言ってたのだ」
　真央はテレビ番組で知った言葉を大真面目に披露する。
「三度目はたぶん必然なのだ。だからきっとまた会うのだ」
　寝子島に来るなら案内するのだ、と声を弾ませ続ける。
「だったらお互い名前を知ってた方が探しやすいかなって思ったのだ、真央ちゃんは後木真央というのだ、おいちゃんは？」
「あの……、私にも名前を教えて下さい」
　猩々面に名を問う真央の後ろ、猩々面に話しかけるタイミングを控えめに計っていた宮祀智瑜が羞恥に上ずった声をあげる。
　白蛇のかたちをした雲を見たと思って、気づけば見知らぬ町に居て、そうして以前に神社で会い、電車で会った猩々面の男とまた出会った。
（今日で、三度目？）
　不思議な縁を感じて、だから、男の名が知りたくなった。
「名前？」
　少女二人に問われ、猩々面の奥の意外に若そうな眼が狼狽えて丸くなる。ほんの少し迷って後、黄昏の空を見上げて吐き出す。
「忘れてしもたさけ、日暮でええわ」
「グレちゃんなのだ♪」
「ああうん、グレちゃん」
「あの……、えっと、日暮さん、一緒にお茶でもしませんか？」
「ああ、うん、もう好きにしたって」
　屈託なく笑う少女と、気付かずナンパ常套句を口にする少女に圧され、猩々面の男は疲れたように素直に頷いた。

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彼岸の門のその向こう

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