彼岸の門のその向こう｜リアクション

彼岸の門のその向こう

「……これは」
　彼岸花の色した夕陽に染まる橋を渡ったその先に広がる見慣れぬ町の景色に、狩野マオは空色の瞳を丸くする。
「驚いたわね」
　呟くマオの目前の宙を人面魚が泳いで過ぎる。空を飛んだ人面魚が飛び込むは、山門脇の柳の木の下で催される妖怪大宴会。
　人面魚の滑る尾鰭に体を掠られ、マオはそれでも声はあげず、ただ息飲んでびくりと身を震わせる。逃げ出そうとしかけて、自分に体力が無いことを思い出す。大きな眼をますます大きく開いて瞳を瞬かせ、飲み込んだ息を吐き出す。
　目前を過ぎた人面魚が宴会に混ざる喜びのあまり奇声を上げていただけであること、此方に害意がないことを慎重に確認し、ほんの僅かに微笑む。
　此方から見れば怖ろしい容貌した物の怪がうろつく町ではあるけれど、
（魔法同様に、妖怪さんも居たらいいな、というものだし）
　魔法使いを夢見る寝子島の少女は不意に迷い込んだ奇妙な町とその住人達を事も無げに受け入れる。
　とは言え、橋の上に居た仮面の男は町に長居するなと言っていた。元の場所に戻るまでの時間はきっと僅かしかない。
（折角の機会だから）
　その僅かの間だけでも、彼らを見つめて観察してみたい。
　そう思いつつも、賑やかな場所を苦手とする少女は深くフードを被り、静かな場所を求めて賑やかな通りを歩き始める。
　喧騒に溢れる大通りをいくらか進んだその先、野立傘が幾つも立てられた茶屋の緋毛氈を敷いた長椅子の上、
「……ねこさん」
　大好きな猫、しかも可愛らしい茶虎の子猫の姿を見つけ、マオは思わず声を漏らす。駆け寄って撫でてみたいけれど、子猫の傍には同い年くらいの男女が居る。
　子猫に近寄れず、諦めきれずにマオは子猫の居る野立傘に近い椅子にそっと腰を下ろす。額に角持つ老人が運んできてくれた茶と団子をお供に、子猫と妖怪の観察体勢に入る。
「不思議な町」
　マオの視線に気付かぬまま、桜庭円はお茶で一服しつつ通りを行き交う妖達を眺める。
「平和だけど」
「そうだな」
　円の呟きに頷き、御剣刀は片手に持った煮干しをにゃーくんに向けて振る。夢中になって獲物の煮干しに飛びつき猫パンチを繰り出すにゃーくんの攻撃を軽く避け、もう片手に持った団子を齧る。
「美味いな、桜庭」
「そうだね、カタナくん」
　にゃー、と不満の声をあげるにゃーくんにごめんごめんと煮干しをやり、刀は道行く人外の人々をぼんやりと観察する。
（この人達の世界と俺達の世界はこうやって時々交わっているのだろうか）
　それとも、こんな事象が起こるのは寝子島だけなのだろうか。
（ののこの、）
　要は落神も、と刀は夕焼け空を仰ぎ見る。
（同じような所から来たのかな）
「この町で過ごしてる人達も、記憶を食べられ続けてるのかな？」
　にゃーくんを撫で、円が低く零す。
「少し怖い」
　小さな肩ににゃーくんを抱き上げる円を、刀は真直ぐに見遣る。
「桜庭が望むなら、町に記憶を食わせたりしない」
　力強く請け負う。

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