彼岸の門のその向こう｜リアクション

彼岸の門のその向こう

　黄昏色の町を映した胡桃色の瞳を輝かせ、如月要は朱色に染まる石橋を小走りに渡る。
　大きなお絵かき帳と32色クレパス、それから天然水のペットボトルの入った肩掛け鞄の紐を両手で掴む。町の住人の出入りを拒むような厳つい見張り櫓のある山門を潜る。
　分厚い木造の扉の向こう、いつも頭の中に描いていた世界がある。
　人とは違う『誰か』達のいるところ。
（信じていた）
　要は幼い頬を夕日の色より鮮やかな赤に上気させる。
　信じていた。いつか、物語の主人公みたいにその世界に行けると。
（この町の絵をたくさん描こう！）
　要はその想像力豊かな心で、奇妙なものが行き交う町を違和感なく受け入れる。
　町を貫く大通りの石畳の上に立つ。臆さぬ瞳で町を見渡して鞄から取り出すは、お絵かき帳とクレパス。
　真っ白な紙の上、瞳に映した町を描く。
　町を行く、人間とは違うかたちを持つ人達。
　極彩色の着物の綺麗な女の人が動物園みたいに並ぶ漆黒の屋根の大きなお家。眺める幾人もの人達。
　虹色に光る貝殻を幾層にも貼り付けた箱を台に並べたお店。店を覗く人達。
　温かなお茶の入った黒鉄色のお碗と鮮やかな三色団子の並ぶ桜色のお皿が次々に出て来るお店。食べ物を囲んで楽しそうに話す人達。
　人のかたちさえ滲ませる黄昏色の光の中、要は半ば夢見心地でお絵かき帳にかたちを書き留める。どんどんと色を重ねる。
（風変わりなモノばかりなのに）
　町は色鮮やかで、そうして恐ろしく綺麗に見えた。
　お絵かき帳を片手に支え、もっと広く町を絵に捉えようと数歩後ろに下がって、背中にどん、と軽い衝撃を感じた。
「わあっ！」
　背中ぶつかった誰かから悲鳴があがる。夢から覚めたように要は振り返る。
「皿の水がっ！？」
　石畳に尻をついて、緑色の肌も鮮やかな小さな河童が地面を悲しげに見つめている。俯いた頭の、透明な水が満ちていたらしい真っ白なお皿は空っぽ。
「あんまり綺麗な町だから、つい……」
「しわしわになっちまうよう」
　つぶらな眼を潤ませる河童の様子に、要は慌てて鞄からペットボトルを取り出す。天然水を空の皿にそっと注いで満たす。
「ごめんなさい」
　しょんぼり座り込んで謝る要に、河童は悪童の顔で笑う。
「おれっち、河太郎ってんだ」
「僕、要！　如月要！」
　河童と少年は互いに名乗りあい、笑いあう。
「なんだそれ」
「これ？　ペットボトルだよ」
「おれっちの皿より便利だな」
　言いながら河太郎は立ち上がる。ほれ、と差し出された手を、ありがとうと掴んで立とうとした途端、河太郎の手がぐにゃりと伸びた。要は尻餅をつく。
「わ！」
「すげえだろ」
　片方の腕が伸びれば片方の腕が縮む河童の手を河太郎は自慢げに掲げて、要のお絵かき帳を覗き込む。
「絵、好きなんだな」
「うん」
「おれっちも描いてくんねえか」
「うん！」
　山門の端に陣取り、少年は河童を描く。描かれている間、河童は町のことを色々と話す。河童の話をもとに少年が幾枚もの絵を描き上げる頃には、ふたりはすっかり仲良しになって、
「あんまし長くここに居ちゃいけねえ」
　けれど河太郎は首を横に振る。
「もっと河太郎とお話したい」
　ここに居たい、と言いかける要の口を、水かきのある手で塞ぐ。
「もう帰んな」
「じゃあ、」
　せめてもの記念にと、要が二人の絵を描いたページを破って差し出せば、河太郎は背に負った甲羅から小さな巾着を取り出した。
「虹の貝殻粉。七色に光って綺麗なんだぜ」
「ありがとう河太郎」
　橋の上に居たお面の男の人の言葉が本当なら、元の場所に戻れば巾着は中身ごと溶けて消えてしまうのだろうけれど。
「忘れないよ」
　クレパスに七色の粉を少し混ぜて絵を描こう、ふたりで冒険に出るお話を描こうと要は心に決める。
　山門の前、ふたりは最後の握手をする。
「おれっちが活躍する話、描いてくれな！」
「約束」

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