彼岸の門のその向こう｜リアクション

彼岸の門のその向こう

　茜色の橋の上、小島海美は黒眼がちの大きな瞳を瞬かせる。黄昏の色に染まる周囲を見回して首が左右に振れる度、二つに分けて結い上げた黒髪が揺れる。
　小さく首を傾けて、片手に狐のお面を持っていることに気付いた。更に浴衣を纏っていることにも気付いて、首の傾ぎが大きくなる。白い眉間に可愛い縦皺が寄る。
　橋の向こうには立派な門。門の向こうには賑やかな町。
　ぎゅっと結んでいた小さな唇がふわり解ける。
　町を行き交う誰かにここがどこなのか訊こう。おうちに帰る方法を教えてもらおう。きっと誰かが教えてくれる。
　思いついた名案に思わず笑顔になる。大きく頷き、海美は下駄の音を鳴らして橋を駆け渡る。門を潜って町に出て、一番に見かけた着物の人の袖をぎゅっと掴む。
　こんにちは、そういつものように元気に呼びかけようとして、振り向いたその人の顔にびくり、体を強張らせる。
　その人の頭は、しゃれこうべだった。眼はぽっかり虚ろがあるばかり、皮膚が落ちた骨の頬と同じに真っ白な歯は全部剥き出し、着物を被せた胸も腕も脚も、全部真っ白しろの骨。理科室の骨格標本そのまんまの骸骨。
　眼を見開いて強張る海美に、その骸骨は剥き出しの歯をカタカタ鳴らして、……どうやら笑ったらしかった。着物の袖をなびかせ、ひょいと骨の手を伸ばして、まるで近所のおじいさんの仕種で海美の頭を撫でる。
　頭に触れる、カラカラに乾いて軽い、けれど優しい掌の感覚に、海美は肩の力を抜く。顔をあげれば、その骸骨の人は着物の裾を捌いてしゃがみこんだ。夜よりも暗い闇があるばかりのしゃれこうべの眼で、海美と視線の高さを合わせる。
　物怖じせずに見つめ返す海美の瞳に、骸骨の人はまたちょっと笑った。
　差し伸ばされた大きな骨の手に、海美は小さな指で掴まる。黄昏の光と同じくらい僅かに温かな骨の手を掴んで、海美は骸骨の人が指し示す指の先を眼で追う。
　臙脂に桜、緋に橙に葵に茜、黄昏の色ばかりの壷が並ぶお店の前では絵を描く仕種。
　黄昏の空にたなびいて揺れる一つ目の白い布のお化けを示して、自分の首をきゅっと絞める恐ろしげな仕種。
　綺麗なものも怖いものも、仕種だけで色々と教えようとしてくれる骸骨の人の気持ちが嬉しくて、海美は柔らかな頬を紅色に染めて笑う。
　お家の近くでは見た事もない風変わりなお店が並ぶその町の通りの半ば、海美はふと足を止める。骸骨の人の手を引いて海美が示したのは、蝶のように色とりどりの装飾品や青褪めた光の閉じ込められた硝子玉が格子天井から吊り下げられて並ぶ小間物屋。
　人間とはかたちが違う人用にと作られた装飾品は、海美が普段見ているものとは大きかったり小さかったり、様々にかたちが違う。それでも、黄昏に七色に煌く光を宿す飾りはどれも綺麗で面白かった。
　飽きず眺める海美の耳に、賑やかなお囃子が届く。
　振り向けば、笛や太鼓を鳴らして通りを踊り歩くお化けの一団。
　骸骨の人が一団を指し示して笑う。首を傾げる海美の顔に、海美がずっと大事に持っていた狐のお面を掛けてくれる。
　この前みたいにお面がとれなくなったらどうしよう、とちらりと思ったものの、骸骨の人が楽しげに踊りの輪に混ざってしまえば、海美の手も足もうずうずと動き出してしまう。
　我慢できずに全身でぴょんと跳ねる。
　狐のお面を被った海美も、踊るお化けの仲間入り。楽しげにお化けの町を練り歩けば、町行くお化けも店番のお化けも皆みんな、拍手喝采。