己の魂を越えてゆけ｜リアクション

己の魂を越えてゆけ

【通常運行の人々・４】

　黒兎都は猫に好かれない。
　寝子島は猫が多い。
　誰でも猫に触れ合える、はずだった。
　だが、黒兎が猫たちへ歩み寄ると、旧約聖書のモーゼが海を割ったかのように、道の両端に猫が避けていくのだった。
「……ふっ、うちが何度やっても結果は同じだって知ってた。ヌコたち全員、背中向けて目も合わせてくれんし……」
　遠い目をしながらニヒルに笑う黒兎。
「うちになついてくれるような子は相変わらずいませんね、っておやぁ？」
　黒兎の双眸は１匹の黒猫を見付けた。
　黒猫はじっと彼女の目を見入っていた。
　これに黒兎は思わず興奮する。
「目があった！　こっち見てくれた！　しかも逃げずに止まって見ててくれた！　やったー！」
「やったー、じゃないですのっ」
　背後から聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、黒兎は背中を蹴り飛ばされていた。
「痛ったい！　誰だし！？」
　振り返る黒兎は目が点になった。
「え？　……うち？　コンナトコロニカガミアッタケー？」
　実にフラットな口調であった。
「え、ちょっ？　なんで執拗にアタックしてくるし！？」
　ドッペル都は無言でぼかぼか黒兎を殴りかかってきた。
　俗にいう駄々っ子パンチである。
「痛っ！？　うち何かしたかの？」
「……消えろ、うちが本物になるから邪魔だし」
　ジト目で睨み付けるドッペル都の言葉に、黒兎の理解が追い付いた。
「あー……、うん、言いたいことはまぁわかった。また神魂か！　でもまぁいきなり消えろって言われて喜々としてそれに応える程うち堕ちちゃいないんだ」
　そして彼女は、目の前のドッペルを指差す。
「というか正直いうとね……、邪魔なの、そっち」
　黒兎の背後から、ドス黒いオーラが湧き上がる。
「久方ぶりにヌコと目を合わせられたというのに、しかもいつもなら意識しただけで逃げるのが逃げなかった奇跡、それを邪魔されたうちの今の気持ち、分かるかの？」
　強大な威圧感にドッペル都は一歩後ずさりしてしまう。
「これからうちのヌコのヘブンリータイムが始まるかも知れないという矢先に、君はいきなり現れて暴力でこれを邪魔した、挙句、消えろだの邪魔だのと罵詈雑言とか、ねぇ？」
　黒兎はフードを被って口元を歪めた。

「覚悟しろ、猫鳴館の畑の肥やしにしてやりますの」
　ドッペル都は、この時点で敗北を悟った。
　オリジナルは『自分に長所などない』と言い張るほどのポンコツ属性を誇る。
　そんな彼女のデッドコピーが、怒り狂った強気の相手に牙を剥くなんて行為ができるだろうか？
　いや、できない（反語）、仕方ないね。
「えぇ、いいですよ？　そっちがそのつもりなら相手しますよ？　リアルな荒事あんま好きじゃないけど、ちょっと流石にこれは気が収まらんしの？」
「アッハイ、シツレイシマシター」
　逃げるが勝ちと言わんばかりに踵を返すドッペル都。
　だが、黒兎はその襟首をぐわしっと掴んで離さない。
「どこ行くんかの？　うちを倒すんじゃないのかね？　ここじゃなんだから、ちょっと裏路地行こうか、ん？　自分自身同士、ゆっくり“オハナシ”しようか？」
　黒兎にズルズルと路地裏に引き込まれるドッペル都。
　既にその顔は涙目だった。
　黒兎の双眸が、鈍い光を灯す。
「よし、ドッペル君……。それじゃ、いっちょ逝ってみようか♪」
「いやあああああああああああああ――！」
　その後の黒兎は、問題の根源を絶つべく、機械のように淡々と『作業』をこなしていった。
　彼女が馬乗りになって拳を振り下ろすたび、ドッペルの断末魔が響き渡る。
　それを聞き付けた近所の住民が駆け付けると、パーカー少女がひたすら自分の影を殴っていたという。
　この路地裏は、後日、『狐憑き』の心霊スポットとして一部のマニアで噂になったそうな……。

＜黒兎都：猫の恨みは怖い＞

※次のページからシリアス度が増します。