学校サボってどこいこう｜リアクション

学校サボってどこいこう

【昼休み(4)】

「ほいほーい。キリエん、おまたせぇ～」
　間延びした声とともに若宮菫がキリエ・オーラティオのもとに戻ってきた。
「……ついに来やがりましたか……ゲホゴホ……」
　キリエは意を決して起き上がると菫の用意したスープ状の料理に目を見開いた。
「……これは……お粥……じゃねーんですか……？」
「ぴんぽーん。さっすがキリエん」
　からからと楽しそうに菫が言う。
（……これは……食べても大丈夫なものなんでやがりましょうか……？）
　キリエはちょっと不安になるも、友人の厚意をむげにはできない。
「……せっかくだから……食べてやるのです……」
　キリエが匙を手に、粥を口に運ぶ。
　直後。
「……すっぱっ……！？」
　と、キリエは驚いたように言った。
　それから、
「……けど、美味しいのです……」
　と、彼女は付け足す。
　それに菫はみるみるうちに顔を綻ばせた。
「ん、そうかぁ。なら、よかったぁ。まぁネコンビニで買ったレトルトの梅粥なんだけどねぇ」
「……梅？　ジャポネの粥はすっぱいものを入れるのです？」
「そうそう。ほら、キリエん外国人やし、梅粥でも食べて和文化に触れて貰おうっていう僕なりの心遣いなんさぁ」
「……麦粥より食べやすい気がするのです」
　キリエは梅粥の味を気に入ったらしく、黙々とそれを口に運ぶ。
　と、そこではたと彼女は我に返ったように、
「……スミレは何も食べやがらないのです？」
　と、訊いた。
「あー、うん。僕はチョコバー食べて、栄養だけ補給するからさぁ。どぞどぞ遠慮せずにお食べ」
　と、菫はチョコバーを取り出して、もそもそ食べる。
「しかし、キリエんも色々と大変だよねぇ」
　そして、菫はふと何かを思いだしたかのように視線をキリエの部屋全体にめぐらせる。
　キリエの部屋は驚くほどに物がなかった。テーブルの上にはいつも彼女が持ち歩いている聖書と、一目で大切にしているとわかる写真立てがある。そこには両親と思しき人物と一緒に愛らしく笑うキリエの姿が。
　菫にとっては住み慣れたこの日本も、キリエにとっては遙かな異国。まだ慣れない異国の地で、一人風邪っぴきの彼女はたいそう心細いに違いない。
「よしよし、んじゃ僕の大好きな歌を歌おう」
「は？」
　唐突な菫の提案にキリエは目を丸くする。
　菫は構わず歌い始めた。
　それは世界で初めてコンピューターが歌った曲としても知られるあのポピュラーソング。
　明らかに年代の違うその曲を菫は器用に歌いこなす。
「む、お前の歌を聞いていると……なんだか……眠くなってきやがったのです……」
　キリエは小さく呟いて、瞼をこする。
　そして、ちらと歌唱に熱を入れ始めた菫の顔を見て、
「……Ｇｒａｚｉｅ　ｍｉｌｌｅ（大変ありがとう）、なのです」
　はにかむように小さな声で呟き――。
「……」
　そのまますぅと穏やかな眠りに落ちた。

「むむむ？　キリエん、寝ちゃったぽいねぇ」
　はたと菫が気づくと、キリエはもうぐっすりと眠ってしまっていた。
「さて、そいじゃあ帰るかねぇ」
　菫はいそいそと帰り支度を整え始めた。
「お、キリエんの寝顔超可愛ぇ。写メルぜ！」
　と、そこで思い出したように、菫は友人の愛らしい寝顔をカメラに収める。
「眼福眼福。んじゃ僕ぁ帰るぜノシ」
　そしてそれに満足げに頷くと、菫はキリエにひらひらと手を振り、静かに蔦薔薇の館を後にしたのであった。