スイート・タイフーンにご注意を？｜リアクション

スイート・タイフーンにご注意を？

　所は変わって旧市街（地図：Ｋ―３あたり）にある小島海美の家。それが今、ババロアに飲み込まれようとしている。
（え？　なに？　なにが起こっているの？）
　たぽん、という滑らかな音と共に飲み込まれる家。流れ込むババロアに押し出されるように流れた海美。どこからどう流れてきたのか解らないが、ババロアはここまで来たらしい。
「きゃっ！？」
　気がつけば、海美だけが流されてしまった。一体どこをどうすればここまでババロアが来たのかは不明だが、少女はどうにかこうにか塀の上まで上り詰めた。
　台風で外にいけず、退屈そうにしていた海美は突如のことにパニックになろうとしていた。けれども、それよりも運良くつかまる物を見つけ、ババロアから上がる事が出来た。落ち着こう、と深呼吸。そして思い出したのは父親の言葉。
『こういう時は、慌てず騒がず、避難所に集合しよう』
　頭の中でこだまする、大好きな父親の声。気付いたとき、海美は塀の上で道路を流れるババロアを見ていた。
（ひなんじょは、たしか……ねこしまじんじゃ、だったかな？　そこにいけばおとうさんもおかあさんもいるかな？）
　最近ボビナム（ベトナムの総合武術）をはじめたおかげか、少し身体が軽くなったような気がした。慎重に塀の上を歩きながらも、海美はふと、両親の事を考える。
（そういえば、おとうさんもおかあさんも、たべものをもってなかったはずだよね）
　だったら、避難所に行っても食べ物が無い。どうしようか、と思った海美だが……、空からは絶え間なくお菓子が降ってきている。それに、空を覆う雲は綿菓子だ。
（わたしがおかしをあつめよう！）
　あの綿菓子はどうすれば手に入るだろうか？　少女は地面に落ちる前のお菓子をどうにかキャッチしつつ、咄嗟に持ってきた布の鞄にそれを入れた。そして、慎重に塀の上を歩きながら進路を変更し、自然とシーサイドタウン方面へと進んでいた。

その頃の神野文房具店。何処からとも無くババロアが沸いた所為で、店内に流れ込もうとしていた。それを店の一人娘である神野マキナと買い物に来ていた夜乃理沙はどうにか店にある物を使って塞き止めていた。
　お菓子が好きなマキナとしては、この状況は（ババロアを除けば）素敵な物だ。しかし、いつまでもこうしている訳には行かない。
（確かに、美味しいけれどね）
　キャッチしたキャラメルを口にして、満足そうに微笑むマキナ。傍らの理沙は旧市街のアクセサリー屋へ来たついでにここへ寄った所を巻き込まれた。テオの声に最初は「めんどうだなぁ」と思った彼女ではあるが、今はそれどころではなかった。ねこったーで情報を集めつつも、この状況をどうしようか考える。
「うーん、綿菓子の雲をどうにかすればいいのか。……ん？　ババロアで川が氾濫してる？　……意味分かんない。道路の状況が悪化してるのってこの所為？」
　思わず呟いていると、マキナが理沙のねこったーを覗き込み、視線を店じゅうに巡らせる。ぴたり、と止まったのは折りたたみの梯子だった。
「風が強いからちょっと危ないかもしれないけど、雲が高い所にあるなら使えるんじゃないかな？　あとロープも必要かもしれないね」
「あ、力には自信があるので、僕に梯子を持たせて下さいね」
　マキナの言葉に理沙は力強く肯く。２人は折りたたみ梯子とロープを持って外に出る。ババロアが流れる道を行くために長靴を履き、普段の靴を持っていく羽目にはなったが、彼女たちは高いところを目指して進んでいく。
「この辺りで高い建物はどれですか？」
「役場、かな？　あの屋上から雲に届くかやってみよう」
　理沙の問いかけにマキナが答える。そして見上げる空は、どこかいつもより近く感じた。