●最後にはきっと●


　その時だった！　大きな犬っぽい縫いぐるみが２人の前に敢然と立ち塞がり、その両手を広げてこう言った。
『オレ　オマエ　仲良シ』
「わっ、私のフェンリルちゃんが、喋ったでございますです！？」
　びっくりして立ち上がる加藤 神々ノ黄昏、いや違った、そのフェンリルちゃんを後ろから抱きかかえた宮祀 智瑜が、縫いぐるみの声色を真似て、しゃべっているのだ。
「あっ、クマちゃんもいる！？」
「あいやー好好！　元気になってる！」
　そしてその智瑜の後ろにずらっと現れたのは、それぞれの担当患者の縫いぐるみを抱えた、三宅 葉月、滝原 レオンら、ぬいぐるみのお医者さんたちだ！
　テディベアの持ち主の女の子と劉 瑞麗が、それぞれの主治医に駆け寄り、そして智瑜がフェンリルちゃんを抱いたまま、１歩進み出て骨削 瓢と歌星 姫音に言う。
「この子が、仲良くしようって。お２人に、そう言ってます……」
「そっかー！　あたし勇者だから、ぬいぐるみさんも仲間になりたいんだねっ。
　仲間になりたそうにこちらを見ている的なアレだね！　うん、勿論いいよ☆」
　あっさり納得する姫音とは違って、もちろん骨削の方はけらけらと、智瑜の話を笑い飛ばす。
「へえぇ〜、仲良くだってぇ？　このあっしとかい？」
「フェンリルちゃんが、そう言ってます……。
　喧嘩しないで、いっしょに友達になろうよ、って」
「けらけらけら！　おたくはぬいぐるみの気持ちが、分かるってのかい〜？
　あぁ、ろっこんの能力か何かだったかねぇ？」
「ろっこんを使わなくっても、私にはこの子たちの思いが、分かります。
　持ち主さんたちには、ここに連れて来てくれて、ありがとうって言ってます」
　そこで智瑜は、持ち主の３人の女の子の方を振り向き、優しく微笑む。
「おもちゃが壊れたり破れたりしたら、捨ててしまうことも多いと思うんです。
　でもこの ぬいぐるみさんたちは捨てられずに、今日まで大事にしてもらえました」
「好好はるいりの大切なお友達。捨てるなんて考えられない」
　その瑞麗の言葉に、神々ノ黄昏もこくこくと横で頷く。
「だから、大事にされたぬいぐるみさんの方も、きっと、こう思うんじゃないでしょうか」
　智瑜がフェンリルちゃんの口を動かしながら、その言葉を骨削に伝える。

　オレ　オマエ　トモダチ

「──だからぼくも、きみの友達になってあげるよ！って」
　一瞬ぽかんとした骨削が、次に堰を切ったように爆笑した。ヒーヒヒヒと息も苦しそうに、
「つ、つまり？　このあっしが壊れてると、こう言いたいワケかい〜？
　こいつぁ傑作だぁね、その通り！　あっしは壊れて……」
　さも可笑しくて堪らない、といった表情で身悶えしていた骨削が、そこでぴたりと身をこわばらせた。神々ノ黄昏と瑞麗、２人の小学生が、彼の長いソデを両側から引っ張っていたからだ。
「フェンリルちゃんのお友達なら、すなわち私のお友達でございますですね！」
「るいり恐くない。このおじさんもすぐに仲良し」
「お、おじさ……」
　絶句する骨削がそしてもう１人、自分に近付いてくる小さな女の子の存在に気が付き、ギョッとする。しがみつくようにテディベアを抱きかかえながら、ふるえる２本の足で、それでもこちらに歩いてくるのは、自分がイカと笑い袋を詰めて悪戯した、あの女の子だ。
「わ、わたし、も……！」
「あぁもう、とんだ茶番だねぇ！　これ以上は付き合ってられんよぃ〜！」


　◇


「やれやれ、どうにか一件落着みたいね……」
　子ども達の手を振りほどき、逃げるようにその場から去っていく、骨削 瓢の姿を見送りながら。途中からの一部始終を見ていた桃川 圭花は、ゆっくり振り返り、そして会場内を見回す。
　骨削と姫音が起こした騒ぎで、店内は散々なことになっていたけれど。野戦病院のドクターさながら、あちこちですでに おもちゃのお医者さんが、タフな治療を再開していた。
　眼球が飛び出したお人形さんは、八重崎 五郎八が。
「裁縫も人並みには出来るから、まあちょっとした修理ならね……」
　ホラーな映像を垂れ流すテレビゲーム機は、八神 修が。
「テレビゲーム！？　……まあ、いっか。趣味でプログラム組んだりするしな」
　そして改造された本田 誠也の魚釣りゲームは、初島 優が診ているところ。
「診断診断っとー。あーこれは、中の歯車がズレちゃってるねー。
　動かなかった原因はそれ。きっとどこかにぶつけたんじゃないかなー。
　ほら、外側のプラスチックのココに、割れかけてる部分が」
「本当っすか！？　よ、よかったっす……
　自分のろっこんのせいで、壊れてたわけじゃなかったんすね」
「歯車のズレを直せば、元通り動くようになるよー。
　眼球になっちゃったお魚は、元のペイントに塗り直そっかー」
「助かるっす、心底ほっとしたっす」
「俺に任せて。入院する玩具はなるべく出ないようにしたいしねー」
　そんなふうに次々レスキューされていくおもちゃたちを、順番に眺めながら。そうして圭花は最後に、お友達との再会にぴょんぴょん喜び合う、あの３人の女の子たちの姿を見つめる。
　そして彼女たちに小さな勇気を与えた、それぞれの縫いぐるみたちを。
（先の丸まった剣にどこか愛嬌のあるフォルムのロボット、
　やる気の無いユルい表情のぬいぐるみ……見ようによっちゃカッコ悪いおもちゃたち）
　そんなおもちゃたちの勇姿を見つめながら、けれど圭花はそっと付け加える。

「でも、あなたたちがきっと正しい。
　武器を振りかざして周りの何でも傷つけて退けるより──
　周りのみんなを笑わせ、勇気づけて、
　それで味方につけてしまうほうが、最後にはずっと強いから」


　◇


　そして桃川 圭花は、御剣 刀の姿を見つけて、持参した品を届けた。
「ハイお待たせ、約束の独楽よ（ふふん）」
「ドヤ顔のところ悪いが……直ってないじゃないか！」
　抜けた独楽の軸と、穴の空いた本体を渡された、御剣の方がびっくりだ。
「あら、だって。そういうのは私のろっこんの専門外だもの」
　とは言え、バックヤードで発揮してきた、本来の彼女の能力はさすがで、軸も本体も傷ひとつ付かずに、綺麗に抜け落ちている。力任せに無理に引き抜こうとしていたら、こうはいかなかっただろう。圭花は木のハンマーも無造作に御剣に差し出して、
「──そういうのは、これから学んでいくの。
　ほら、御剣君がお手本を見せてよ」
　先ほど言った、あの自分の台詞。周囲を敵に回して傷付ける。それは、以前の圭花自身の姿でもある。でも、この自分だって変わっていくのだ。こうやって少しずつ、この島で出会った友人たちに学んで。
　今はまだ「目標」には遠く及ばなくても、そうやって、最後にはきっといつか。
「まったく、仕方ないな……（ぶつぶつ）」
　そんな圭花の心の動きなどはつゆ知らず。ぶつくさ言いながらも御剣の方は、軸を独楽に挿し直して調整を始める。時々回して実際のバランスを見ながら、少しずつ軸の長さを変えて。
「あっ……！」
　そうやってトライ＆エラーを繰り返した何度目か、勢いよく持ち主の手を離れた独楽が、綺麗な回転で回った。１本足でスッと床に立つその姿に、圭花が感心して、
「へえ、きれいじゃない……回ってるって言うか、まるで止まってるみたいね」
　その感想に、今の手応えをじんわり反芻していた御剣が言う。
「ああ。こういう独楽を、寝相がいい、って言うんだ」
「寝相が……良い？」
「独楽が、寝相よく眠っている。見てて惚れ惚れするよな」
「ふうん、よくそんな言葉知ってるわね」
「──あ、」
　そうして御剣は、思い出す。自分にこの言葉を教えてくれた、人物のことを。
「ああそうだ、この独楽を初めてこんなふうに上手く廻せた時に……
　祖父さんに、そんな風に褒めてもらったんだ」
　寝相がいいな。よく眠ってる。
　祖父が自分の独楽を褒めてくれた、その声が、はっきり脳裏によみがえる。
　それは独楽と一緒に心の奥に仕舞われていた、大切な想い出。
　そして御剣は圭花の手を取り、心からの礼を述べるのだった。

「ありがとう──お蔭で忘れていた想い出を１つ、取り戻す事ができたよ」