●独楽と魚釣りゲームのお医者さん●


「回せない独楽があるんだ」

　御剣 刀は単刀直入に、そう切り出した。
「祖父さんから貰った独楽で、もし直せるなら直して欲しい」
　そう言って桃川 圭花の前にコトリと置いたのは、いかにも昔ながらの手造りといった、飾り気のない無骨なおもちゃだった。
「へえ……御剣君、子どもの頃は、こういうので遊んでたのね。
　うん、ま、わりと納得かも」
　じろじろと独楽と持ち主を見比べる圭花に、御剣が淡々と説明する。
「この独楽、俺が小学生の頃に祖父さんから貰った物なんだけどさ」
　祖父というのは、彼に剣術を教えた人物のことだろう。
「剣術の稽古同様、貰った頃は毎日練習をして、
　そのうち上手く回せるようになったんだ。
　だけど１回引っかけて庭に飛ばしちゃってさ、
　岩にぶつけてからは、真っ直ぐ回らなくなってしまって……」
「素人目だけど……見た感じ、軸が少し曲がってるみたいね」
「そうなんだ。押しても引いても動かなくて」
　下手に扱ったら余計に悪化させてしまいそうだから、気掛かりなまま、ずっと保管していたのだそうだ。
「どうだろう。これ、直せるかな？」
「ちょっと貸して貰えるかしら」
　受け取った圭花がろっこんを試みるが、独楽の軸は頑として外れなかった。あの河原 広樹のラジコンのタイヤも外せた能力だけれど、まだ出力が足りないのか。
「桃川でも、駄目だったか……」
「ごめん」
　申し訳なさそうに肩をすくめる圭花に、御剣がぽつりと言う。
「あのさ、俺が祖父さんから貰った物って、本当に少なくて……
　この独楽とか、後は正月に着る袴とか位でさ。
　ほら、記憶は確かにある筈なのに、それを思い出す為の切欠がないと、
　どうしても思い出せなくなることって、あるじゃないか。
　この独楽を普通に回せるようになったら、
　思い出せなくなった想い出も蘇るかもしれない──そう期待してたんだが」
　肩を落として帰ろうとする御剣、それを黙って見送ることしかできない圭花に、その時、向こうから八重崎 五郎八が声を掛けた。
「あー、圭花さん？　もし修理で必要だったら、バックヤードの方も使っていいよ。
　店員以外の人も出入りできるように、店長に話は通しておいたから。
　……ほら、修理にも『色々』あるだろうし、ね？」
　そう言って軽くウインクを寄越す彼女の言葉に、ガタッと圭花が立ち上がる。五郎八が言外で伝えているメッセージの意味──そう、人目が無い場所でなら、自分の能力を最大出力まで発揮できるかもしれない。
　奪い取るように御剣の独楽を引ったくり、何故か挑むように、その驚く少年の目を見返す。
　まだ、私を諦めるな。
「待ってなさい──すぐに戻ってくるから」


　◇


　直った嬉しさに近石 簾が、ミニカーを床に広げていると、
「わあっ、お兄さん、たくさんあるんですね。かっこいいな！
　ちょっと僕も触らせてもらっていいですか」
　ラジコンカーを抱えた小学生から、うらやましそうに声を掛けられた。八神 修の指導で、無事にラジコンも再び組み上がった、河原 広樹だ。
「おー、いいぜっ！　いっしょに遊ぶか？」
　まだ１つはパーツの複製待ちだけど、他のミニカーは八神らお医者さんチームが整備し直してくれた。天動 記士郎から譲り受けたカニさんクレーンも加わって、はしゃぐ近石の楽しげな様子に、「うん！」と広樹もつられて、一緒に遊び始める。
「そっちのラジコンも、でっかいタイヤで、かっけーじゃんか！」
「うん、砂利道だって走れるんだ。でも、お医者さんのお兄さんに今日、
　悪路はギヤを消耗させるから、まめにメンテするようにって言われました……」
「わはは、似たモン同士だな。
　俺も砂場で遊びまくったせいで、こいつら駄目にしちまってさ……」
　と重機のミニカーを手に、近石がしみじみと語り出す。
「俺、昔っからこういうの、好きなんだよなぁ。
　無骨さっつーかさぁ。重っ苦しい感じがさぁ。
　あとなんつーの、それぞれのその仕事を突き詰めたこう、フォルムってーの！？」
　走ること以外の用途に特化した機械には、確かに独特の機能美がある。
「だから工事現場とか入り込んでは怒られてて……
　それで親が買ってくれたのがこいつらなんだ。
　もー、嬉しくってさぁ！　持ち歩いては砂場で工事の真似さしたりして……
　まあ、今思えばそれがよくなかったんだけど。
　……俺が運転手になったんだーって、嬉しかったんだよ」
「ええ……」
　その気持ちは、実際にラジコンを操作して遊ぶ広樹にも、分かる気がする。
「変な言い方だけど、こいつらには夢が詰まってんだ、俺のさ」


　そこに、ニャンダムのプラモデルを直してもらった、歌星 姫音も来て話に加わる。
「先輩たちホント超器用ー、助かっちゃった！　あたしも今日は、ちょっぴり反省☆
　いい歳なのにすぐ物壊しちゃったり、直してもらうの恥ずかしくて、
　最近は直せないまま放って置いたり……。
　もう少し大事に扱いたいな……破壊から守るのが勇者のお仕事だし☆」
「ひ、姫音ちゃんが……！　反省してる……！！」
　よっぽどの事なようで、開いた口が塞がらない広樹に、
「広樹にも、今日はゴメンね☆」
　と可愛く謝ってみせる姫音。
「こんなこと初めてだなぁ……。そんなに悪いと思ってるなら許してあげるよ」
「おい、直ったっつーけど……そのニャンプラ、何かおかしなことになってるぞ？」
　近石の指摘に、改めて姫音のプラモデルをよくよく見れば……
「Σ えええええっ！？　ニャ、ニャンダムがフリルのスカート穿いてるぅー！？」
「あっ、コレ？　あそこにいる先輩がさっき付けてくれたの☆
　あたし勇者だからきっとサービスしてくれたんだねっ！」
　ばっと２人が振り向けば、商品の棚の向こうでニターって笑っているあの男は、骨削 瓢！　ああっ、ここにもまた１人、魔改造の被害者が！
「けらけらけら、フリルはプラに接着しておいたよぃ、
　着せるだけじゃ外されて終わるものねぇ〜」
　せっかく宇佐見 望月が直してくれたニャンプラに、何てことを！
　ところが、当の姫音の方は……
「でしょでしょ、このニャンダム超可愛いでしょ！」
「お、おやぁ〜？」
　予想と異なる反応に、棚の後ろでずっこける骨削だ。さらに姫音はあっけらかんと、
「……閃いた！　せっかく生まれ変わったんだし、
　このままピンクでドクロで小悪魔法少女ニャンダム作ってみよう☆
　勇者パワーでパワーアップさせちゃうんだから☆
　えいっ！　ついでに他の人のおもちゃもキラキラシールでデコっちゃえ☆」
「って、反省したそばから人のラジコンにシールを貼らないの！？」
「ギャー、俺の夢が詰まったミニカーに、何しやがる！！」
　暴走気味のその女子中学生のハチャメチャに、一転気を取り直した骨削が、
「おっと、なかなかやるねぇ、お嬢ちゃん〜。
　おたくも割と、素質があるんじゃないかい？」
「えっ、勇者の素質！？　もちろんあるよ！　
　姫音ちゃん、異世界からやってきた勇者の末裔だもん！
　……えっ、勇者じゃないって？（数秒硬直）聞こえなーい！」
「けらけらけら、それじゃあっしも本気で、子供ら泣かしにかかろうかい〜」
　と骨削もまた、子どもたちのおもちゃに襲い掛かった！
「きゃあああああああああっ！？」
　お人形さんは眼球が飛び出し、首が吹き飛ぶびっくり箱仕様に！
「うわあああああああああん！！」
　レトロな８ビットテレビゲーム機は、プログラムを弄ってホラーな映像を垂れ流す！
「ひえっ、こ、これがグレードアップっすか！？」
　そして例の本田 誠也の魚釣りゲームは、ゴルフボール大の魚が全部、ぎょろぎょろ蠢く眼球にすり替わっている！　びっくりして本田がおもちゃを取り落とすと、ピットからごろごろと眼球が床に転がり落ち、
「あいやー！！？」
　ちょうどペンダントを製作中だった劉 瑞麗、加藤 神々ノ黄昏たちが悲鳴を上げる！
「うぅ、親戚以外の小学生まで、怖がらせてしまったっす……（しくしく）」
「こらー！　うちのお客さんのおもちゃに、何やってるの！」
　店内の混乱に八重崎 五郎八が怒って、骨削と姫音を追いかけ回すが、
「えっ、あたしはシールでデコってあげてるだけだよ！　だってデコるの楽しいもん☆」
「けらけらけら、その調子！　さぁ、まだまだこの会場をカオスにしちゃるよぃ〜」
　と、この２人の勢いはもう、誰にも止められそうにない！