●ぬいぐるみのお医者さん（２）●


「（シュタッ）大丈夫なのだここは真央ちゃんに任せろなのだ！」

　すかさずそこに、後木 真央もすっとんで来た！
「真央ちゃん布系毛糸系の縫いぐるみなら良く作るのだ、
　そっち系の修理ならバチコイお任せなのだ♪
　真央ちゃんもお医者さんするのだ〜！」
　そして後木真央が早々に匙を投げた！
「駄目だったのだ……真央ちゃんの女子力ではお手上げなのだご愁傷様なのだ（ちーーん）」
　嗚呼縫いぐるみのフェンリルちゃん、それほどのご危篤状態である。
「な、何とか意識不明の重体なフェンリルちゃんを、治して頂けないでございましょうか！？」
　連れてきた加藤 神々ノ黄昏の方も、負けじと（？）必死に訴える。
「お願いしますです！　破壊ポイントは２つ。
　ばっくり裂けた口と大きく破けたお尻部分です！」
　フリース素材の犬っぽい縫いぐるみから、低反発ウレタンフォームの中身が、断末魔のようにもこもことハミ出している有様だ。
「イヤイヤイヤ……何したら、こんなになっちゃうんだ」
　たった今縫いぐるみを救う決意を固めたばかりの滝原 レオンも、さすがに呆れ顔である。
「よくぞ聞いて下さいました！　話せば長い話になりますが、
　この子との出会いはそう、あれは私が３歳の頃でございました……（ＢＧＭスタート）」
「長い話になるらしいですから、私達はぬいぐるみの手当てをしていましょうか」
「ああ、そうだな。何しろあの子たちと約束したしな」
　好好とテディベアの治療に専念する、三宅 葉月と滝原のことは気にせず、ちっこい観客（＝体育座りで拍手する劉 瑞麗と女の子、あとゲソを摘み喰い中の真央）相手に、オン・ステージな思い出語りを始める彼女だ。


　◇


「──フェンリルちゃんとの出会いはそう、私が３歳の頃でございます。
　初めて行った遊園地のお土産屋さんに、この子がいたのでございますです。
　そのつぶらな瞳を見た瞬間私には解ったのでございます……この子はデキル子だとっ！
　一見やる気の無いユルいイメージとは裏腹に、バッグとしても使えるという機能性！
　能ある鷹は爪を隠すならぬ、能ある犬は牙を隠していたのでございますです！
　更にこの大きさ。
　この子のスケールの大きさと、底の知れない器の深さを物語っているようでございます。
　素晴らしい……！でございます。
　その後お母さまを説得した結果、お母さまに命名権を譲るという
　交換条件の元、私の所にやって来たのでございます。
　正直、名前に関しては遺憾の意を表明しますですが……それでも私の大切な相棒なのでございます」


　◇


　母親を説得したとは本人談で、実際には歳相応の駄々を捏ねまくったみたい。まあそれはともかく、フェンリルちゃん重傷の顛末を思い出し、ふるふると怒りにうち震える神々ノ黄昏だ。
「それが……兄さまの横暴によって……！」
　この大きさならギリ着ぐるみいけるよね的な、無謀な兄の思い付きにより、かくも無残な姿に変わり果ててしまったらしい。
「兄さまについては、お母さま謹製地獄のフルコースの刑に処すとして。
　何とかフェンリルちゃんを、元の元気な姿に治して下さいませ！」
「でもこれはＥＲレベルなのだ、お口だけならともかくお尻の２箇所同時手術は、
　真央ちゃんの縫い縫いスキルの手には余るのだゴハァ（吐血）」

「お尻なら！　お尻なら私、自信があります！（ばーーーん）」

　ちょっぴりデンジャーな台詞と共に、そこに登場したのは宮祀 智瑜だ！
「人形やぬいぐるみを直すのは得意です。
　真央さん、私がお尻を担当しますから、真央さんはお口をお願いします」
「にゃっふぅ！　助かったのだ天の助けなのだ智瑜ちゃん、
　ではこれより！　フェンリルちゃんの緊急オペを開始するのだ〜！」


　◇


　と、何だか騒がしいことになってしまったが、勿論もう２つの縫いぐるみ、好好とテディベアの治療も、順調に進んでいる。三宅 葉月の患者のテディベアは、鼻のボタンを元通りに付け換え、回線で繋がっていた内部の笑い袋も、除去し終えた所だ。
「あっ汚れた部分は薄めた中性洗剤を余り布に付けて、叩いて落とすと良いのだ〜！」
「そうね、イカのべたべたも綺麗にしなくてはね」
　隣りでオペに奔走する後木 真央からアドバイスを貰い、全身の汚れを拭き洗いする。固く絞ったタオルで洗剤を拭き取った後は、よく水気を取って、もつれた毛並みもブラシで整えてやった。自分の緩くウェーブの掛かった髪を梳かすのに使っている、やわらかいブラシが丁度良い。
　どこか作りものめいた美貌を持つ葉月がそうしていると、まるでお人形さんが縫いぐるみを手当てしているみたいで、どことなくシュールだ。
「でも、このお腹の傷跡はどうしようかしら……」
　ジグザグに残った傷跡は、もう一度ていねいに縫い直して、ファーをふわっとさせてみた。それで何とか目立たなくすることはできたけど、それでもちょっと限界がある。
「そうだわ、この子に服を作ってあげましょう」
　良いことを思い付いた。アンティークだから、チョッキなんかを着せたら良く似合いそうだ。
　けれどこの場には必要な布地が無い。葉月が困っていると、今度は手術中の宮祀 智瑜がこちらを振り向き、助け舟を出してくれた。
「そのクマさんの、服を作りたいんですか？
　じゃあどうぞ、これを使って下さいな」
　用意してきた端切れを葉月に手渡し、智瑜はさらに糸と針も各種貸してくれた。
「いいのかしら、あなたが困らない？」
「糸と針は、いつも持ち歩いてるものより多く持ってきましたので大丈夫です。
　ほら、動物の顔がついた待ち針もありますよ」
「あら本当、可愛いらしい……」
　同じ裁縫好き同士、通じるものがあったようで、せっせと手を動かしながらも互いに微笑む２人。葉月にとっては滅多に見せない表情なので、彼女を知る者がいれば、きっと驚いたに違いない。
「綺麗に縫って、持ち主さんに返してあげましょう。お互い頑張りましょうね」
　智瑜のその言葉にまた、葉月もしっかり頷くのだった。


「るいりは上海からきた。ぱーぱはお金持ち」
　滝原 レオンもまた、パンダの右腕のほつれを手際よく直してやりながら、かぶり付きでそれを見守る劉 瑞麗の話を聞いているところだ。
「上海のおうちにはぬいぐるみやお人形沢山ある」
「そっか。お兄さんの家にもな、ぬいぐるみさんが沢山いるんだよ」
　全部それは自分で作ったと聞いて、「あいやー」と瑞麗がくりくりの猫目を見開く。
「うらやましい。るいりのぬいぐるみ、
　家出る時のドタバタで１人も連れてこれなかった……
　だから叔叔が買ってくれた好好は、大事なお友達。さびしんぼで……」
　おっと、これは内緒だ。努めて周囲にはクールぶってはいるけれど、素顔は甘えん坊で夜泣きが酷い彼女に、叔父が買い与えてくれた縫いぐるみ。
　叔父がいなくて怯える夜は、好好がいつも一緒だったけれど……


　あれだけ怯えていたお医者さんの足に、いつの間にか瑞麗はぴったり寄り添っている。