【冷やし中華を作る者達（二）】

《握 利平くんの場合》

　さて、ここにも一人。
　悲しみにくれるおじさんを放っておけずに冷やし中華づくりに挑戦する若き男子高校生の姿が。
「ふふふ。どうせ自分でも食うんならできるだけ高い食材を――ゲフンゲフンッ」
　うっかり本音を漏らしかけ、慌てて咳払いをする彼の名は握 利平くん。
「それにしても色々な意味でスゲーな、この材料……。チョコミントアイスとかいったい何に使うんだ……？　お、アワビがあるじゃねぇか」
　冷や汗を流しつつ、材料を探していた利平くんはまずアワビを手にとり、うーんと唸り声をあげます。
「よし、こいつを中心に組み立ててみるか。アワビと言えば食感、旨味……」
　最初は自分が食べることを中心に考えていた利平くんですが、彼も根は料理好き。
　だんだんと自分のイメージする最高の冷やし中華を作りたいという熱が高まっていきます。
　次の瞬間、利平くんの頭にきらりと輝くナニカが舞い降りました。
「よし、閃いたぜ！　俺はこいつで『食感のメリーゴーランド』をテーマにした冷し中華を目指すぜ！」
　どーん、と背後が効果音が鳴りそうな声と表情で利平くんが宣言しました。
　思わず誰もが「え？」という感じで彼の方を振り返ります。
　しかし、利平くんは決してふざけているわけではありません。
　あわびの歯ごたえ、海ぶどうの弾けるプチプチ感、キュウリのシャキシャキの爽やかさ、煮あなごのふわっとした食感。
　それらがめくるめく味の桃源郷のイメージが確かに彼の頭の中ではすでに出来上がっていたのです。
「おお！　子連れの客に受けそうな、良いアイデアじゃねぇか！」
「だろう！　さすがおじさん！　わかってるぜ！」
　たまたま近くを通りかかったおじさんとがっちり握手を交わして盛り上がる利平くん。
　さっそく食材としてアワビにくわえ、海ぶどう・キュウリ・あなごなどを食材に選び、製作を開始します。
（……本当は海苔も欲しかったが、まあ仕方ねぇよな）
　利平くんは心の内でそっと呟き、あなごを甘辛く煮て、きゅうりを食べ易く切り、中華麺（中太の縮れ麺）を茹でて市販のタレ（シークヮーサーの果皮の磨りおろしを混ぜたもの）に絡ませて、お皿に盛りつけていき、ひとまず完成させます。が。
「おっと、まだ終わりじゃないぜ！　漁師の息子としてもう一つスペシャルトッピングを用意する！」
　そう言って、利平くんは最後の一押しとして、沖縄の魚――グルクンを丸ごとからっと揚げたものを付け加えます。
　さて、審査員のみなさんの反応は。
「なるほど。食感のメリーゴーランド、ね。新しいじゃないのさ。でかいグルクンの丸揚げもインパクトがあるさね」
　と、桜崎 巴さんが言い、
「目新しさだけではなく、味にもきちんと気を使っているのがわかるな」
　八神 修くんが頷いて、
「おお、見える！　おっさんにもメリーゴーランドが見えるぞ！」
　……おじさんが『何か』言っています。
　どうやらこちらも好評のよう。おじさんはそろそろ誰か病院に連れていってあげるべきかもしれません。
　現在、三品目。今のところ審査員の評価はいずれも拮抗している様子です。
「よし！　それじゃあ俺もほかの冷やし中華を試食してみるか！」
　そして利平くんもまた新たな味を求めて、海の家の散策を始めます。
　さて、次はどんな創作冷やし中華が飛び出すのでしょうか？

《飛吹 勘助くんの場合》

（なんか……楽しそうでいい、な……）
　飛吹 勘助くんは盛り上がる利平くん達を少し羨ましそうに遠巻きに見つめつつ、自分も創作冷やし中華に挑戦しようと密かに意気込んでいました。
（料理……そんなに自信ないけど……おじさんの力になれるように頑張ってみよう……！）
　さっそく材料置き場から沖縄そば、市販のたれ、もやし、アセロラ、ごま、苺、しいたけを持ってきて、勘助くんは調理を開始します。……はて、苺？
「……まず容器にたれを一杯に貯めて……もやしをたくさん敷いて……」
　あまり慣れていないような手つきでおずおずと手順を踏んでいく勘助くん。
「その上に……沖縄そばの麺玉を載せて……しいたけを二つ並べて……」
　それはどこか料理をしているというよりも、どこか食材で絵を描いているようで。
「……中心にアセロラ一個を載せて鼻に……そして胡椒で……」
　スプーンでさらさらと胡椒を載せて、最後に苺を二つ麺玉の上の部分に添えると。
「……で、できた……！　うさぎ冷麺、『もふもふ冷麺』完成……！」
　出来上がった冷麺を見て、やりきった笑顔で額の汗を拭う勘助くん。その表情はどこかちょっと誇らしげ。でも、ちょっと待って。
「……お、おい、兄ちゃん！」
　勘助くんはその声にびくっと肩を跳ね上げます。
　振り返るとそこには審査のためにやってきたおじさんと巴さん、そして修くんの姿が。
（……や、やっぱり……お、怒られちゃう、かな……）
　勘助くんははっと我に返って、
「……ご、ごめんなさい……で、でも……俺、これしか思いつかなくて……」
「いいじゃねぇかっ！　可愛いらしくて、小さい子や若い女の子にウケそうだっ！」
「……え……ほ、ほんと……ですか……？」
　おじさんの思わぬ言葉に驚きます。
「……まあ、アイデア自体は面白いんじゃないかい。どっかの誰かみたいにゲテモノを作っているわけでもなし」
「……ああ、発想はとても可愛らしいと思う」
「……あ、は、はい……あ、ありがとう……ございま、す……！」
　すっかり怒られると思い込んでいた勘助くんは優しい言葉に思わず涙ぐみそうに。
（……もふもふ……やっぱり寝子島はいい人達がいっぱいだよ……）
　もふもふに心の中で感動を伝えつつ、勘助くんもまたほかの人の冷やし中華を食べてみようと行動を開始します。
　現在、四品目。創作冷やし中華はまだまだ続きます。

《津島 直治くんの場合》

　さて、次の挑戦者は中学生の津島 直治くん。
「……おじさんの哀愁漂うポーズについつい来ちゃったけど。新しい冷やし中華、か……」
　まわりのテーブルに居並ぶ個性的な面々と個性的な創作冷やし中華に、直治くんは思わず重いため息を吐きます。
（特にあの机でぶっ倒れている人の前に置いてある冷やし中華がヤバい。なんて言ってたっけ、ヘルシー中華？　どのへんが？）
　見てはいけない予感さえする赤い冷やし中華の中から『健康』の要素を見つけだそうとして、直治くんはすぐに諦めます。
「俺じゃあどう頑張ったってあの人達より、新しいものなんて作れそうにないな……」
　そもそも新しいとかよくわかんないし……、と最近ガラケーの扱いを憶えたばかりの直治くんは心の中で呟き、
（食べられないものより食べられるものの方がいいから、俺は普通に作る）
　まわりには流されずにしっかりとそう決意して、自分も冷やし中華づくりをスタートします。
「えっと、冷し中華って何が入ってたっけ……」
　直治くんは自らの記憶を頼りに材料置き場から必要な食材を選び取っていきます。
「きゅうり、ハム、玉子にトマト、あと紅ショウガ……こんなものかな」
　単純作業は得意な直治くん。
　創意工夫を凝らすよりも、基本に忠実に、正確に調理を進めていくことでハズレのない料理をつくることを心がけます。
　野菜やハムを切って、玉子を焼いて麺の上に並べ、最後にたれをかけて――。
「……ん、なんかコンビニで売ってるやつみたいなのができたな」
　完成品を見て、自分でも思わずそう呟いてしまった直治くん。
　早速、審査員に試食をしてもらうと。
「おお！　いいねぇ！　シンプル・イズ・ベストってやつだな！　一周廻って、逆に新しいぜ！」
　おじさんがにっこり親指を立てます。
「……そ、そうかな」
　いまいち出来に自信がない直治くんでしたが、褒められて悪い気はしません。
（まあ、おじさんが喜んでくれてよかった、かな……）
　と、そこでふと直治くんは思い立ちます。
「ていうか、いっそのことサラダバーみたいに客に自由にトッピングしてもらえばいいんじゃないのか」
　それが『新しい』のかどうかは直治くんにはわかりません。ただ、
（こうやって盛りつけするの、結構……楽しかったし……）
　ちょっぴりそう思ってしまったのも事実でした。
（そういうのは駄目なのかな？）
　あとでこっそりおじさんに提案してみようと思いつつ、直治くんもまた試食のために移動を開始します。
　現在五品目。およそ四分の一の作品が出そろったことになります。