みんなの秘密基地｜リアクション

みんなの秘密基地

　折り畳み自転車を道の傍らに止めると、八神修は首から下げていたデジタル一眼レフカメラで穴全体を撮影した。少しアングルを変えた写真もカメラに収める。
「穴は目測で二メートルくらいか」
　口にした直後、カーゴパンツのサイドポケットからメジャーを取り出した。穴の直径を測り、半袖シャツのポケットに入れていた手帳に数値を書き記す。
　その後、ケータイを手に取った。嵌めていた腕時計と時間を合わせる。
「ここにするか」
　穴の近くに腕時計を置いた。そこに賑やかな声がやってきた。修が振り返るよりも早くに声を掛けられた。
「なにしてるの！」
　海美は真っ直ぐな視線で聞いてきた。修は視線を合わせる為にしゃがんだ。
「珍しい穴があったから調べているんだよ」
「どうしてしらべるの！」
「ＮＭＲの取材、だとわからないかな。俺は新聞部の部長で『寝子島ミステリーレポート』という増刊号の為に調べているんだよ」
　自分の説明にあまり自信がないのか。修は相手の様子を窺うような目をした。
「わからないけど、わかった！　おしごと、がんばってね！」
「頑張るよ」
　海美の踏ん反り返る敬礼に倣って修は控え目に手を上げた。
「あんなところに、とけいがおちてる！」
　その声に修は一瞬、苦い顔付きになった。斜め後ろから見ていたねむるが、すっと穴の前に進み出た。
「それにしても綺麗な海が見えるねぇ。砂浜を思い切り走って遊べそうだよ」
　棒読みに近いねむるの声に海美は過敏に反応した。大事なことを思い出したという風に穴の中に突っ込んだ。
「みんな、こっちだよ！」
　穴の中で大きく手招きをする海美に、はいはい、と由貴が素っ気なく答えた。その口元は笑っていて半ば小走りで追い掛けた。
　修は静かに息を吐いて立ち上がる。
「助かったよ、日暮」
「大したことしてないさ。それに僕も穴の向こうが気になるからね」
　ランニングシャツを着たねむるは首や手首を回しながら二人の後に続いた。
　広大な自然に由貴は半ば放心した顔になった。
「……すげー、なんだよこれ」
　思わず出た声に由貴は慌てて周囲を見回した。近くに海美はいたが景色を眺めていて気付いていない様子だった。
　由貴はほっとした表情を浮かべた。そこにねむるがやってきた。
「大きくて綺麗な海だねぇ。でも、僕はこっちに興味があるかな」
　ねむるは海に背を向けた。巨大な岩壁を見上げる。
　心配そうな顔で由貴が言った。
「ねむるはこの壁を登るつもりなのか」
「自分の力を試してみたいからね。それに高いところから眺めたら、ここがどこだかわかるかもだよ」
　ねむるは迷彩柄のハーフパンツの裾丈を膝上まで捲り上げた。その姿で屈伸を始める。
「これってロッククライミングだよな。道具がないのに登れるもんなのか」
「素手の場合はボルダリングっていうんだ。ジムでやったことがあるよ。まぁ、この高さだから途中で落ちたら大変だねぇ。大怪我くらいで済めばいいけど」
　ねむるは呑気な口調で言った。しかし、その眠そうな目の底には決意の光が揺らめいていた。
「じゃあ、行ってくるよ」
　登る箇所を見定めて、ねむるは単身で岩壁に挑んだ。岩の切れ目に指先を掛けて適当な出っ張りに靴先を乗せる。四肢を上手く連動させて軽々と登っていった。
「ねむる、凄いな」
「ムシみたい！」
　海美の微妙な一言で凄さが軽減された。あのなー、と由貴は声の方に視線を向けた。
「あっ、むこうでなんかしてる！　いってくるね！」
　海美は砂浜を元気に走っていく。残された由貴は海に目をやった。
「泳げないから海はパスだな」
　そう言いながらも一点に目が留まり、由貴は海へと歩き始めた。