マンハントのお時間です。｜リアクション

マンハントのお時間です。

　渋滞もなく寝子島街道を走るバス内からは、シーサイドタウン駅の建物が見え始めていた。
　そろそろじゃな、と独りごちた源次郎は自分と同行した者へ視線を向ける。
「お主ら、必要経費は後で自己申告せい。付き合ってもらった以上、お代は儂が持つのが当然じゃ」
　マンハント参加者の交通費自腹を即却下し、駅が見える交差点付近のバス停手前で源次郎は降車ボタンを海美に押すように言う。押したかったらしい海は笑顔でボタンを押した。
「海美の分もまとめて払うからのぅ」
　可愛らしい財布を取り出した海美を止め、源次郎はバス停にバスが停まってから車内を歩き出した。ちゃりん、と小銭が料金口に吸い込まれる。
　先に下りた源次郎だが、しゃがんで緩んだ靴紐を結び直していた。犯人と相対するのであれば、準備万全にしておきたいものである。
　時尾はこくこくと何かに納得したように頷いた。
「そう、そうですよ。犯人達、絶対寝子島の人じゃないです」
「どうしてそう思う？」
　ライレエに問われ、時尾はチラと源次郎を見た。
　バスの中、源次郎は優先座席に座ることなく元気に雄々しく仁王立ちしていた。締まった体躯に高身長。その上歴戦の老兵のごとき迫力を宿す鋭い眼光だ。
　狩人のオーラに気圧されてなのだろうが、優先座席すら譲られない老人を時尾は初めて見た。何この老人。
　外見で人を判断するのは間違ったことだと時尾は思うが、犯人はもうちょっと優しそうな――ぶっちゃけるとイージーモードな老人を狙うべきだろう。
「私は最近寝子島に引っ越してきたのですけれど、私のイメージするお爺さんってああいう感じに歩くか弱そうな人なのですよね。店主さんのようなしっかりとした人、わざわざ選んだりするでしょうか？」
　言われてみれば盲点である。島民ならば強烈なキャラの源次郎の噂くらいは知っているだろうし、なまじ知らなかったとしてもその姿を見ればまずカモろうとは思うまい。
「……ふむ、ならばこうしよう」
　いきなり腰を落とし背を丸めて歩き出す源次郎に絶句した。何の前フリだこれ。

「儂の姿に引かなかった奴が犯人候補！」

　自分のキャラを理解している源次郎の台詞には説得力がありすぎた。
　と、源次郎の携帯が鳴る。相手は時子。犯人から店に電話があったと知らせてくれたのだ。
「それじゃあ皆に連絡しておくのだ。真央ちゃん、一足先に駅まで走ってくのだ～！」
　言って真央はシーサイドタウン駅へと駆け出す。その背中は見る間に小さくなっていった。

■　　□　　■

　午後のシーサイドタウン駅は、今日も楽しそうな賑わいに満ちている。夏休みの最中だからか利用客は普段より多い。
　先にオレオレ詐欺犯グループの動向を調べるため、最初にホームに到着したのは日暮ねむると骨削瓢だ。二人は何やら別車両で打ち合わせをしており、林檎達に軽く手を振るとホームの外に出て行く。
　それに続くように車両から降りたのは本田宗次。彼は駅の中から噴水を見張ると告げ、そのまま人混みの中へと消えて行く。
　それぞれ作戦があるのか散開しかけた者達に、林檎は神妙な顔で切り出した。
「いいか、なるべく怪我したり源次郎さんが暴力を振るわない様に動いてくれ。……最悪、責任取って猟師を辞めようとするかもな」
　猟師に必要な狩猟免許は特に犯罪に厳しい。暴力沙汰を起こす者が銃を持つなどあってはならないからだ。
　例え正当防衛だろうとも寝子島の古株猟師である源次郎は、自分の意思で暴力を振るえば迷わず免許を返還するだろう。そうでなければ他の猟師へ示しがつかない。
「だけど、どうしても犯人を傷つけたり、逆に傷つけられたら俺にすぐに連絡してくれ。俺専用の『おまじない』で治してやるから……」
　林檎はきゅっと両手を握り締め、『傷がなければ暴力行為は成立しないし……何より誰かが傷つくのは見たくないよ……』と小さく呟く。
　神妙な顔で皆が頷くのを見て、林檎はほっとしたように張り詰めた空気を緩めたのだった。