マンハントのお時間です。｜リアクション

マンハントのお時間です。

二章　暗躍する者達

　客が我先にといなくなった『はらべこ』店内の時計は、午後一時半を指していた。
　まさかの自分の名を騙ったオレオレ詐欺からラスボスじじいによる犯人グループのフィッシング。予想外にもほどがある。自分の休みが吹っ飛ぶことも、二重の意味で予想外である。
　雄二は乾いた笑みを浮かべるしかない。だってあの爺ちゃん孫（本物）の言葉もスルーしたんだもの。
　つい先ほど、刀は洗い物を終えると現地合流のために出て行った。辛うまジャンボラーメンを完食したせいか、その後姿は少しばかりがしんどそうである。
「刀くん、気をつけるっスよー！」
「無理はしなくでくださいね……」
　刀を見送った二人は店内へと戻る。三人がかりで洗い物をしたおかげで、水回りの仕事は一段落していた。後は時子と手分けして店内の掃除と夜営業の準備をするのみだ。
　カウンターを丁寧に拭きながら、時子は引き戸の方を見る。彼女の目は心配そうに揺れていた。
　万一のことがあってはと、カウンター奥の和室に救急箱は用意してある。あれを使うような事態にならなければいいが。
「……大丈夫っスよ」
　床掃除のためにテーブルと椅子を移動させながら、雄二は時子を安心させるよう言った。
「参道商店街の子や『はらべこ』の常連客もいるっス。皆が一緒なら、きっと大丈夫っスよ」
「そう、ですね。皆さんがいるんですもの。怪我なんかしませんよね……」
　時子はそこでやっと緊張を解いて、小さく笑んだ。しかしどれだけ大丈夫だと言われても、やはり心配なのだろう。何度も引き戸の方を確認するのは止められない。
「そうっスよ。うちの爺ちゃんツキも凄いんスから。じゃなきゃ店に皆が集まってた営業中に電話なんてされないっスよ」
　自信たっぷりに言う雄二に、時子はくすりと笑ってしまった。
　確かにそうだ。犯人からすればとんでもないタイミングで詐欺の電話をしてしまったのだから。
「それじゃ夜営業の準備終わらせようっス」
「皆が帰ってきた時に準備が終わってなかったら大変ですからね……」
　言って二人は笑いあう。
　そして準備再開。裏口横に積んであったビールケースを雄二が運び、時子がケースからビール瓶を一本ずつ冷蔵庫へ置いていった。おしぼりも倉庫から専用の冷蔵庫に移したので問題ない。
　テキパキと動く時子は見ていて気持ちが良かった。アルバイトを雇ってはどうだと祖父に言ってみようと雄二は思う。いろいろと規格外の祖父とはいえ、年齢が年齢なので心配なのである。
「他にお手伝いできること、ありませんか……？」
「それじゃ、サイドメニューの下ごしらえもしておくっスか」
　そう次の準備に取り掛かろうとしたその時だ。トゥルルルルル、とカウンター端の電話が鳴る。
　時子は雄二と顔を見合わせ、彼が頷くのを見てから恐る恐ると受話器を取った。そっと雄二が通話をスピーカーフォンへ切り替える。
『もしもし、爺ちゃん？　今どこにいるの？』
　それは先ほど掛かってきた雄二を騙るオレオレ詐欺犯からのものだった。つい渋面になる雄二に時子は慌てて唇に人差し指を当てる。ここに孫がいるとバレては、折角のオレオレ詐欺犯捕縛の作戦が台無しだ。
「店長なら、先ほど店を出て行きましたけれど……。確か駅へ行くと言っていましたが、何か御用でしょうか？　私はアルバイトの者ですが、よろしければ店長にお伝えしておきますよ……」
『い、いや、いいよ』
　言うなり電話は切れた。源次郎が孫の事故を信じたかどうか、最終確認の電話だったのだろう。
　時子はすぐ源次郎の携帯へ電話する。オレオレ詐欺グループからの電話を知らせなければ。