真夏のとある日、正午前。場所は参道商店街の東の隅にあるラーメン屋『はらべこ』店内のことである。
壁に貼られたのはオレオレ詐欺を注意する防犯ポスター。
風評を気にする老人の個人経営店にターゲットを絞ったのか、今年に入ってからすでに参道商店街近辺で二件もオレオレ詐欺の被害が出ている。詐欺犯に奪われた金額も数十万と、なかなかに大金だ。
トゥルルルルル、とカウンター端の電話が鳴り、店主――霞 源次郎は受話器を取る。
「こちらはラーメン屋『はらべこ』じゃ。何の用――」
『もしもし、爺ちゃん? 俺だよ俺、俺だよ。爺ちゃんの孫の……』
「――――雄二か? 孫の雄二なのか?」
『うん、雄二だよ爺ちゃん!』
切羽詰ったような若い男の声に台詞に、にたり、と源次郎が笑う。
彼はしっかり通話をスピーカーフォンへ切り替えていた。丸聞こえなやり取りに、店内の視線がカウンターの一点に集中する。
本日休みの源次郎の孫――動物園勤務の熊山 雄二へと。
雄二はラーメンを啜る手を止めて、ぽかーん、と大口を開けて祖父を見ていた。
『実は事故っちゃって……どうしても三十万必要なんだ。助けてよ爺ちゃん! 今すぐ金を払って示談にしてもらわないと、警察呼ばれちゃうよ! 爺ちゃんしか頼れる人がいないんだ、お願い爺ちゃん! 助けて!』
「三十万で足りるのか? 店の売り上げを足せば五十万ほどは持って行けるぞ?」
『ご……!?』
通話相手の方から、ざわざわと複数の声が漏れた。しかしそれは一瞬。すぐに静まり返る。
その沈黙により、小さな車のエンジン音と何かの放送が聞こえた。
『そ、それなら今から言う口座に振り込んで――』
「無理を言わんでくれ、雄二。儂が機械に弱いのは知っておるじゃろう? 儂はいつも窓口での手続きをやっとったじゃろうが……」
情けない声を出しながら、源次郎の顔はラスボス変身一段階目といった凶相になりつつある。
オレオレ詐欺犯を逆に罠へはめようとするラスボスじじい。敵対すればかなり本気でヤバイ人物であった。
『じゃ、じゃあ……午後三時にシーサイドタウン駅に、来てもらえる? 噴水前で、俺待ってるからさ』
「おお、わかった。午後三時にシーサイドタウン駅の噴水前じゃな? 必ず助けてやるからなぁ」
『ありがとう、爺ちゃん……! 俺待ってるから!』
ガチャ。ツー、ツー、ツー……。
「――くっくっく、是が非でも孫とやらの助けにならねばのぅ」
「えっ。爺ちゃん、俺ここにいるっスよ」
「くくくく、世間を舐め腐ったその心ごと粉微塵にしてくれる……! 咎人共よ、今日という日を生涯忘れられぬ更生記念日にしてくれようぞ!!」
源次郎は前掛けを外すと厨房から出る。それに雄二が慌てて声をかけた。
「ちょ。爺ちゃん、店は?」
「お主らが食べ終わり次第、昼営業は閉店!!」
即答するなり、源次郎は暖簾をしまうとダッシュで外へ。老人の脚力ではない。
「愉快痛快なマンハントに参加したい者は儂に続けい! 夜営業までには戻るから、後の戸締りは任せたぞ孫よー――……!」
源次郎の声がドップラー効果でどんどんと遠くなり、消える。
「えぇえええー…………?」
後に取り残された孫を含めた客達は、しばし呆然とするのであった。
皆様、おはこんばんちわでございます。はと と申します。
ラーメン屋『はらべこ』再び、よろしくお願い致します。
以下、補足となります。
・霞 源次郎(かすみ げんじろう)
『ラスボスじじい』の異名を持つ今年で70歳のラーメン屋『はらべこ』現役店主兼猟師。
島でも有名な頑固な爺さんだけど、こっそり可愛いもの・甘いもの好きなお茶目なところもあったり。
今回は修羅となっております。
・熊山 雄二(くまやま ゆうじ)
またたび動物園勤務・白熊舎担当の飼育員。
源次郎の孫の一人で、学生時代は『はらべこ』でバイトしていました。店の切り盛りはギリギリできます。
休暇中なのに『はらべこ』で留守番することになりました。
★オレオレ詐欺犯グループ
グループは3人で構成されています。
電話をかける係の掛け子、お金を受け取る係の受け子、詐欺にかける老人を調べる係のリーダーです。
が、彼らは初心者も初心者。
数ある振り込め詐欺事件を参考に、見様見真似でオレオレ詐欺を行う小さな駆け出し詐欺グループです。
たまたま二件上手く高額の詐欺ができたことで気が大きくなり、油断しています。
そして調子に乗りまくって『ラスボスじじい』をターゲットしたのが運の尽きでした。
彼らは全員午後三時前にはシーサイドタウン駅の敷地内にいます。
受け子は噴水周辺に潜伏し、源次郎らしき老人が現れるのを待っています。
掛け子は受け子とすぐ連絡が取れるよう、携帯を手に受け子が見える位置で待機。
リーダーは車の中で受け子と掛け子からの連絡を待っています。
老人という弱い存在をターゲットにしている彼らは精一杯ずる賢く立ち回ろうとするでしょう。
☆通話で聞こえた音
犯人グループの車のエンジン音とねこじまタクシーの観光放送です。
通話時に犯人の近くにねこじまタクシーがいたのでしょう。
源次郎の目的は
『オレオレ詐欺犯のグループの心を粉砕し、二度と犯罪を繰り返さないようにトラウマ刻みつけ、警察に引き渡す』
というその一点です。
ただし源次郎は現役猟師なので暴力行為は回避しようとします。
何故なら暴力行為が警察に知られれば、猟師を辞めなくてはならない可能性があるからです。
マンハント参加者にも暴力は控えろと釘を刺すでしょうが、女子供に暴力が向くのなら源次郎は迷わず応戦します。
猟師辞めても後悔しません。
どうか怒り心頭な源次郎の手綱をいい感じに取りつつ、オレオレ詐欺犯グループを懲らしめて、
参道商店街の皆さんを安心させてあげてください。
以上、皆様のご参加をお待ちしております。