働く夏の日｜リアクション

働く夏の日

○メイド喫茶　ねこのて

　Ｔシャツにジーパンというものすごくラフな姿の桧垣万里が、シーサイドタウンのメイド喫茶『ねこのて』の勝手口をそっとくぐった。
「おはようございます」
（大学はお休みでも、バイトは休みじゃない）
　キャットロードの一角にあるヨーロピアンクラシックな内装の小さなメイド喫茶『ねこのて』。
　叔父夫婦の経営する店で、万里は店長代理という立場であるが、バイト扱いで働いている。
（……正直暑いのよね、メイド服……）
　ひとくちにメイド服と言ってもいろいろあるが、『ねこのて』の制服は正統派だ。
　フリルや露出は控えめなクラシック調のメイド服。
　夏だと言うのにスカートの丈はくるぶしあたりまで長く、メイドキャップもつける。
　雰囲気重視のお店だから、ミニスカメイドになるわけにもいかない。
「なんでオーナーこの制服にしたんだろ……」
　ぶつぶつ言いつつ、着替える万里。
　だが、いざメイド服に袖を通したら、暑いだのなんだのという感情はふっとんでしまう。
　あらゆる家事を卒なくこなすメイドの鑑、『ばんり』となるのだ。
「やはり気持ちの問題ですね。気合いが入れば暑さなんてなんのその、です」
（そもそも、ご主人様（お客様）の前でだらしない姿をお見せするわけにはいきませんもの）
　メイド服を着ていないとやる気スイッチが入らないらしい。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
　暑さなど周囲には感じさせないほど涼やかな表情で、入ってきた女性客に声をかける。
「うわあ、正統派メイドさん……あっ、すみません、私神奈川うみねこ新聞の司馬です」
　入店したのは司馬佳乃だった。
「うみねこ新聞のお嬢様ですね。店長から承っております。店長代理の桧垣万里です。お飲み物はサービスさせていただきます。メニューをどうぞ」
　洗練された立ち居振る舞いで、卒なくメニューを渡す万里。
「ありがとうございます……素敵な制服ですけど、暑くないですか？」
　メニューを受け取った佳乃の問いに、万里は優しい微笑みで答える。
「このくらいの暑さ、なんてことありませんよ」
「さすがですね」
　佳乃は感心しながらメモを開く。
　飲み物を注文すると、さっそく取材が始まった。
「……夏季限定メニューとしては、アイスプレート、紅茶ゼリーor珈琲ゼリー、夏野菜カレーをご用意しております。アイスプレートはバニラ、チョコ、ストロベリーのアイス３種盛り合わせです……」
　万里の受け答えの完璧さに佳乃は感心する。
「今日はありがとうございました」
「もうお帰りですか？　お嬢様」
「戻ったらすぐ記事を書かなきゃならないんです。当日の午後３時までに出稿しなきゃいけないので」
「大変ですね……」
「何度も『時よ止まれええ』と思いながらパソコンのキーを叩いています」
「お仕事おつかれさまです。いってらっしゃませ、お嬢様」　
　完璧なお辞儀で、万里は佳乃を見送った。