働く夏の日｜リアクション

働く夏の日

○もふもふなアルバイト

　深縹露草は、木天蓼大学の芸術学科で学ぶ事を目標に学費を稼いでいる。
「大学へ受験・進学する為にも先立つものは必要デース。折角の夏ですしお給金高めのバイトはないデースか……？」
　生まれ育ちは日本だが両親は元アメリカ人なので、整った顔立ちに似合わぬエセ外人口調である。
「多少の苦労は問いまセーン。ブラックでなくて、それなりのお給金のバイトであれば……」
　ネットで調べていると気になる単語が目に飛び込んできた。
「……もふもふなバイト、ですか？　ふむ、動物絡みでしょうか……」
　給金もいいし、場所も近い。
「ぜひともやらせていただきましょう……ふふ」
　早速申し込み、無事採用された。
「前日までに内容はしっかり把握したい所デースね」
　改めて仕事内容をチェックすると、着ぐるみを着て新しいお店の宣伝をする仕事だった。
「もふもふとは、着ぐるみの事でしたか……」
　残念ながら、もふもふする側ではなくされる側だった。
「ならば暑さ対策が肝心！」
　飲物・塩飴・体温を下げる為の保冷剤を買って、準備万端で当日を迎えた。

「控室以外での顔出しはＮＧだよ。暑いから倒れないよう気をつけてね」
　雇い主に言われて猫の着ぐるみを着ると、思った以上に視界が悪いし、熱がこもる感じがする。
　だがこれもお給金、学費のため。
「いざ、着ぐるみ着込んで出陣デース！」
（ふむ……用意していても暑い、さすがは真夏日デースね……）
　ぶつからないよう周囲との距離に気をつけつつ、会場を歩く。
（お店とお客様と着ぐるみの為にも倒れる訳にはいきません……全力で頑張りマースよ！）
　
（おや、お客様が……）
　露草は、近くでこちらを見ている内気そうな女性に気づく。どうも露草を見ながらもじもじと迷っている様子だ。
（私（着ぐるみ）をもふもふしたいのですか？）
　察した露草はそっと近寄るとジェスチャーで「どうぞ」と示した。
　女性客は嬉しそうに着ぐるみに触れ、もふもふと撫でる。
　中身の露草が、艶やかなストレートロングに切れ長の目整った顔立ちと知っていればこんな大胆なことはできないかもしれない。
（暑い中、つかの間の癒しとなれれば良いのですけどね……）
　やがて女性客は満足した様子で離れていった。

「わあっ、ねこさん！」
　小さな子供たちが駆けてきた。
　いきなり着ぐるみにダイビングしてくる。
　衝撃は吸収されているのだろうが、本体自体の重さの上体重をかけられると重い。
　着ぐるみの尻尾を引っ張る子もいる。
（ＨＡＨＡＨＡ、結構やんちゃデースね。でも尻尾引っ張ったらだめデース）
「かたぐるまして」
　甘えてくる子供もいる。
（肩車……は無理デスガ。着ぐるみに負担がかからない遊びならシマース）
　幸い尻尾をちぎられずに済み、握手したり頭を撫でたりしているうち親がつれに来て、子供たちは帰っていったが。
　一人残された子が泣きだした。
「ママ？　ママどこ？」
（迷子さんデースか。さて……）
　頭をなでなでして慰めつつ、周囲に親御さんがいないか見廻す。
（それらしい人はいないようデースね）
　近くの迷子センターまで連れて行くと、ちょうど親が来ていたところだった。
「ありがとうございました」
　お礼を言う親子に手を振る露草。
（親御さんとお子さんが合流できればそれで良いのデース）

　大変なバイトだったが、準備のおかげで露草は倒れることなく仕事をこなした。
　働きぶりが評価されて、お給金にも色をつけてもらることになったという。