灯篭流しの夜は更けて｜リアクション

灯篭流しの夜は更けて

　灯篭流しのボランティアスタッフが集まるテントで、御巫時子は所在無げに周囲を見回した。スタッフとして灯篭流しのお手伝いをしよう、と意気込んできたはいいものの、灯篭の作り方からして分からない。
　今日は気合を入れて髪をアップにし、浴衣を着付けてきた。薄紫の地に藍色の桔梗が咲くデザインである。９月も近いこと、自分が秋生まれということなどから、秋の花を選んでみたのだ。でも、お手伝いをするなら動きやすい服装の方が良かったかもしれない。そう思ったその時だった。
「お嬢ちゃん、可愛い浴衣着てるね」
　威勢のいい声に、時子は後ろを振り返った。ショートボブの髪型とピンクのバンダナがよく似合う、いかにも姉御肌といった女性が立っている。
「……そうですか？そう言っていただけると嬉しいです！」
　ぺこりとお辞儀をする時子に、彼女は笑う。
「いいって、そんな他人行儀にならなくって。アンタ、灯篭流し手伝うの、初めてかい？」
「そうなんです……。張り切って来たのはいいけど、右も左も分からなくて」
「あたしは宇佐見満月、『うさぎ屋』っていうお好み焼き屋をやってる。分からないことがあったら、なんでも聞いてくれ！毎年スタッフとして参加してるからね」
　店の名前と評判は聞いたことがある。いい人に出会えてよかった、と時子は思った。
「御巫時子です、よろしくお願いします。最初は、灯篭の作り方を聞きたいんですが……」
「いいよ、見てな」
　満月は慣れた手つきで灯篭の作り方を実演してみせる。まず、去年使った灯篭の木枠を水洗いし、残っている糊や紙片を取り除く。続いて注意深く和紙を貼る。
「それで、筆で文字を入れるんさ」
　満月は毛筆を取って、豪快に字を書く。一面に「寝子島」、その裏になる面には「灯篭流し」と。
「満月さん、すごい！達筆ですね」
「当たり前さ、あたしゃ寝子高芸術科の書道専攻出てるから」
　感心する時子に、満月は屈託なく笑った。
「ここまで作ったら、あとは参加者のみんなに絵入れをして貰うんさ。流石に毛筆だと敷居が高いから、筆ペンとかマーカーも用意しとくんさね。さ、アンタもやってみな」
「実は、ペンの準備はしてきました！参加者の方々が絵や言葉を書けるように、と思って」
「おや、初めてにしちゃ準備がいいねぇ。スタッフとして大事なのは、知識よりはそういう気遣いさね。いいスタッフになれるよ、時子ちゃん」
「ありがとうございます！作り方は覚えたので、今度はほかの人にも教えようと思います」
　裏方の奮闘のおかげで、灯篭流しは順調に始まろうとしている。

　履き慣れない下駄で川沿いを歩くのは、やはり疲れる。屋敷野梢は、普段は来ない猫又川の中流まで来て、ふう、と息をついた。身にまとっているのは、黒地に赤と白の蝶が舞う、コントラストの鮮やかな浴衣だ。昆虫好きの生物部部長らしいセレクトである。
　祖父と兄と一緒に灯篭流しに来たのだが、祖父は旧市街の住民の集まりに行ってしまい、兄とは一緒にいたくない、ということで、今は一人で行動している。
「ここがいいですかねー。よいしょ、と」
　梢は手頃な岩に腰掛け、川の方を見つめる。
（小学生の途中に寝子島を離れてから、灯篭流しには参加してなかったなー）
　梢は一人考え事を始めた。
（寝子高に入って、久しぶりに参加してみると、なかなかどーして感慨深いものがありますねー。何年ぶりになるのかなー）
　上流ではそろそろ灯篭が川に流される頃だ。
（小学校の頃は、こーいう時でも昆虫探しばっかりしてたなー。今じゃ一人こうやって物思いにふけったりして……私も大人になったってことですね！）
　その時、梢は川上から流れてくる小さな光に目を留めた。たった一つ、灯篭が流れてくる。川面に反射する蝋燭の優しい光。ゆったりと流れていくその姿に、梢は亡き大切な人の面影を見出した。
「おばーちゃん……」