灯篭流しの夜は更けて｜リアクション

灯篭流しの夜は更けて

「あおいちゃんも浴衣で、お揃いですね！とても似合ってますよ」
　綾辻綾花は、七夜あおいに向かって笑顔を振りまいた。綾花の浴衣では水色の地に赤い金魚が泳ぎ、あおいの浴衣では薄桃色の地に桜の花びらが舞っている。綾花の右手にあるシンプルな白い無地のうちわも涼しげだ。あおいが綾花に向かって答える。
「綾花ちゃんこそ、すごく可愛いよ！」
　友達と一緒にいるのが、そんなに嬉しいんだな―――八神修は、横からふたりの様子を微笑ましく眺める。修も、せっかくなので浴衣姿だ。爽やかな印象を出したいと思い、浅葱色のかすりの模様を選んできた。
「うん、いいセンスをしてると思うよ」
　修も、なるべくさらりと聞こえるように浴衣姿を褒める。
「修くん、お世辞が上手ね」
「いや、俺は嘘はたまにしかつかないよ」
　修はあおいの言葉に答えた。特に君には絶対につかないよ―――そっと、小声で付け加える。
　あおいから灯篭流しの誘いを受けた時には、修は柄にもなくうきうきしたものだった。あおいとは残念ながら恋人ではないが、それでもあおいが声をかけた中に入っていたという事実は素直に嬉しい。二人きりであればもっと嬉しいとも思うが……
（ま、世の中そんなに甘くない、ってことだね）
　修は夕暮れどきの空を見上げた。
「けっこう声かけたけど、結局は３人になっちゃったね」
「いいじゃありませんか、ぞろぞろ大人数で見るものでもないですから」
　心から楽しそうな二人を見ていると、修自身も楽しい気分になってくる。夜道は多少心細いのか、二人は手までつないでいる。
「灯篭を作ることもできるそうですよ！あおいちゃん、修くん、一緒に作りませんか？」
　綾花の提案に、あおいと修は賛成した。
「賛成よ！楽しそうね」
「上流の方に運営のテントがあるから、もう少し歩こうか」
　川を流れる灯篭の数は少しずつ増え、徐々に幻想的な雰囲気を増していった。普段はごく平凡な小川が、今夜はあの世へと続くかのような、現実とは思えない表情を見せている。
　三人はしばし、その不思議な風景を見つめた。赤色、橙色、青色、緑色。様々な色に塗られた灯篭が、万華鏡を除いているかのような光景を演出していた。
　非日常的な風景を楽しむあおい。楽しそうなあおいの様子に嬉しそうな綾花。淡い光に照らされたあおいの横顔を、つい見つめる修―――それぞれの思いとともに、灯篭流しの夜は、更けていく。

「こんなに混んでるなんて……聞いてないっス……」
　樋野秀吉は思わずぼやいた。お盆に帰ってきた霊を送る儀式ということで、心霊現象やオカルトに秘めた興味を抱く秀吉は、興味本位で参加してみたのだが……。
　予想以上の人出に、人付き合いの得意でない秀吉はすっかり息が詰まってしまった。
「本物かはわからないけど、俺の先祖さんもなんか帰ってきてたし……あのスケベ先祖だって先祖には変わりないし、ちゃんと帰してあげようと思ったんスけどね……」
　ぶつぶつ独り言をつぶやきながら、秀吉は爪を噛む。
「―――ん？」
　ふと耳に入ってきた誰かの会話に、秀吉は慌てる。
「誰か知らない人と話さないといけない……？聞いてないっスよ……」
　秀吉はくしゃくしゃになった灯篭流しのチラシをポケットから取り出す。風習については、表面にきちんと書いてあった。不覚にも、見落としてしまっていたのだ。
「うわ……自分から話しかけるなんて無理っスよ……俺コミュ障だし。うーん、でも先祖さんももっと友達増やせ、なんて言ってたし……」
　灯篭がゆっくりと流れていく美しい風景も、秀吉の目には入っていない。
「灯篭の作り方とか知りたいな……ボランティアの人なら話しかけられるかな……でも、俺から話しかけてもすごいどもりそうっス……あ、痛！」
　秀吉は爪を噛みすぎて、指先を切った。