あなたの縁、結びます｜リアクション

あなたの縁、結びます

・鬼河内萌の場合

「うーん、特に書き留めておくような箇所はないなぁ……。碑文みたいなものがあるかなって思ったんだけど」
　日中続いた暑さも少し和らいできた、午後の時間帯。
　鬼河内萌は、そんなひとり言をつぶやきながら、地蔵が置かれた周辺を調べていた。
「縁結びのお地蔵様の謎を解ければと思ってきたけど収穫なしかぁ……。やっぱり、お願いを叶えてくれるかで判断するしかないのかな？」
　実は調べる前に、萌自身も地蔵にある人との縁を結んでもらえるようにお願いしていた。それと、調査させてくださいというお願いも同時に。
　そして、そのお返しではないけれど、花と菅笠もお供えした。だから今、地蔵は笠地蔵になっている。これならきっと、熱中症にはならないだろう。
「……念のため、もう一度お願いしておこうっと。お願いします、お地蔵様。ユウ君とボクの縁、どうか結んでください」
　ユウとは、同じ寝子高に通う1年の男子のことだった。野菜原ユウという名前で、何を隠そう唇を交わした仲だ。とはいえ、とてもロマンチックとはいえない雰囲気でしたキスだったけれど……。
　あれ以来、なんだかユウのことが気になる。でも、最近は会話すらしていない有様だった。萌自身はもっと触れあいたいのだけど、クラスも違うし、学校内で見かけてもいつもユウが別の人と話しているところだったり、追いかけても見失ったりして声をかけることができなかったのだ。
　でもどうして彼が気になるのかは、よくわからなかった。だからたしかめるためにも、ユウに会って話がしたい。
「会いたいなー……本当に……」
「誰に会いたいって？」
「ほえっ！？」
　いきなり背後から呼びかけられて、驚きのあまりおかしな声が出てしまった。
「あっ！」
　でも、振り向いてさらに驚いた。なぜなら、そこにいたのは萌が会いたいと思っていた人だったから。
「ユ、ユウ君！？　ユウ君なの！？」
「なんだよ、俺が別の人間にでも見えるのか？　まさか、また俺の姿が校長になってるんじゃないよな？」
　そんなことを言ったあとで、勘弁してくれよ、とユウが笑う。
「い、いやあの、違うの。いきなり声かけられたから驚いて」
「わりーわりー。見覚えのある後ろ姿だったから、ついな」
　変わらず笑いながらユウが言葉を返してくる。その笑顔を見ながら、萌は信じられない思いでいた。
　ユウに会えた。こんなに早く。お地蔵様の力なんだろうか。それともただの偶然で……
　もし本当にお地蔵様の力なら、大スクープだった。ＭＭＲ（萌ミステリーレポート）の名を全校に知らしめるチャンス。
　でも、今はなんだかそっちのほうに気が向かなかった。ユウがいきなり現れたことへの驚きで胸がドキドキしていて。いや、違う。このドキドキは驚きだけじゃなくて……。
「それより、こんなところで何してるんだ？」
「あ、その……このお地蔵様に不思議な力があるって聞いたから、調べてみたいなーって思って」
「ああ、それなら俺も聞いたぜ。今日ここに来たのも、その不思議な力で縁結びをしてもらおうって思ったからだし」
「えっ、だ、誰との縁！？」
「いや、別に特定の誰かじゃなくてさ。今日休みなのにすげえ暇だから、誰か一緒に暇潰しできる相手に会わせてくださいってお願いするために来たんだ。電話で適当に誘ってみても、みんな忙しいみたいでさ」
　その答えにほっとする。だけど、なんでほっとしているのかはわからない。
「でも、もうお願いする必要はないかもな」
「どうして？」
「だって、鬼河内に会えたから。よかったらこのあと、適当にぶらつかねえ？　あっ、でもまだお地蔵様を調べるのが終わってないか？」
「う、ううん、もう終わったよ。ちょうど帰ろうと思ってたとこだよ」
「そっか。よかった。このところ話せてなかったしな、俺たち。実はちょっと気にしてたんだよ、鬼河内のこと。何しろ、俺のファーストキスを奪った女だからな」
「あ、あれは仕方ないよ！　ユウ君とボクが元の姿に戻るためだったんだもん！」
「ははは、わかってるって。別にもう気にしてねえよ。そんじゃあ、行こうぜ」
「う、うん」
　ユウと二人で歩き出す。なんだか少し足元がおぼつかなくて、慌てたような歩き方になった。それをユウに笑われる。
　そのユウの笑顔を見ているうち、なんとなく胸に湧いてくる思いがあった。それはなんだかむず痒い、そして甘酸っぱい思いで。
　その想いを感じながら、そしてユウの隣を歩きながら、萌は考えていた。

　もしかしたらボク、ユウ君のことが好きなのかもしれない……。

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