あなたの縁、結びます｜リアクション

あなたの縁、結びます

・御巫時子の場合
　
　太陽の位置も、そして暑さも頂点へとさしかかる、お昼過ぎの時間。
　その暑さの中を、御巫時子は着物をまとった姿でゆっくりと歩いていた。
　向かっているのは、噂に聞いた縁結びのお地蔵様。寮を出てきた動機は散歩のためだったのだけど、途中で噂のことを思いだし、お願いしに行ってみようと思い立ったのだ。
「お地蔵様はこのあたりでしょうか……？　ああ、もう少し向こうなのですね。ありがとうございます」
　言葉を向ける相手は、小鳥。迷わずにここまで来れているのは、彼らが道を教えてくれているからだった。普通の人は鳥と会話なんてできないけど、自分にはそういう力がある。
　右手に日傘を持って、そして左手には来る途中で買った花を持ち、道を進む。
　すると、やがて見えてきた。道にぽつりとした感じで置かれた、一体の地蔵。
　地蔵に近付くと、時子はその前に花を供えて、手を合わせた。そうしながら、つぶやく。
「いつか尚暉先生に想いが届きますように……」
　五十嵐尚輝先生。今は先生と生徒の関係なので想いを伝える事はできない。だけど、いつか想いを届けたかった。言葉を伝えたかった。
　好きです、という言葉を。
「……どうかその時に、お地蔵様には少し背を押して頂けたら嬉しいです」
　自分はあまり勇気のある人間じゃないから、いざという時に躊躇してしまうかもしれない。
　だからその時には、あなたの力を貸してください。
「あら……？」
　気付くと、小鳥がじっとこちらを見ていた。きっと、今の言葉も聞こえてしまっただろう。
「今のは内緒ですよ……？」
　自然と浮かんだ照れ笑いとともに、時子は小鳥へとそう言葉を向けた。
「さて、では寮へ戻り……」
　出した言葉が途中で止まる。ふと胸に湧き出してきた思いに気付いたからだった。
「……こんなお願いをしたせいか、なんだか先生に会いたくなってきてしまいましたね」
　まだ日没には時間がある。きっと今日も、あの人はあそこにいるだろう。
　好きな人の顔が見たい。そばにいたい。
　湧いてきたその想いに逆らうことなく従って、時子は毎日通う学校へと続く道を歩き始めた。

　※

「先生、アイスコーヒーを淹れましたので、ちょっと休憩しませんか？」
「ああ……どうも」
　理科特別教室。その室内にある椅子に座っている五十嵐先生に、コーヒーの入ったビーカーを手渡す。それから時子も自分のぶんのビーカーを持ちながら、隣へと座った。
「……しかし、つくづく御巫さんは物好きですね」
「はい？」
「せっかくの休日だというのに、僕の実験を手伝いにくるなんて……。他にもっと楽しいことがあるでしょうに……」
「いえ、私はこうしているのが一番楽しいんです。先生のそばで、先生のお手伝いをしている時間が一番有意義なんです」
「そうですか……まあ御巫さんがいいのならいいんですが……」
　そう言うと、五十嵐先生はコーヒーを飲んだ。美味しいとも不味いとも言わない。ただ淡々と、ビーカーを口へ運んでいる。
　その姿を見ながら、時子は改めて、先ほどの自分の言葉を反芻した。

　……そう。私にとっては、こうしているのが一番楽しい時間。この人のそばで、この人の姿を見ている時間が、何より幸せな時間。

　五十嵐先生の横顔を見ながら、彼の隣で、コーヒーを飲む。
　その時、ちゅん、という音が聞こえた。
　目を向けると、開けられた窓の向こうにある木の枝に止まった鳥が、こっちを見て可愛らしく鳴いている姿が見えた。
　好きな人と、自分と、小鳥と。そんな中で過ごす、とても穏やかな時間。

　幸せだな、と隣にいる人の顔を見つめながら、時子はそう思った。