落ちるだけの｜リアクション

落ちるだけの

「消えてしもた」
「夢から覚めたんだろう」
　お姫さま抱っこの腕を振り回して首を傾げる柳司に事も無げに告げ、修は遥かな空を仰ぐ。
「八神はこれからどないする？」
「行ける所まで飛ぶ。魂だけなら、人は宇宙旅行だって可能なのさ」
「宇宙か」
　気をつけてな、と柳司は笑う。軽くなった翼を力強く羽ばたかせ、空に舞う。
「浅沼も」
　海と空に遊ぶ柳司を見送り、修は永遠に近い上昇を始める。
(どうせ夢なら行ける所まで行きたいじゃないか)
　肌に触れる気温と気圧に変化がないか確認する為に最初はゆっくりと、意識体の己が身が空の影響を何ら受けぬと確信してからは次第に速度を上げて。
(秒速十一ｋｍ以上、だったかな)
　距離も時間も最早関係が無いと感じていて、それでも脳裏には知識が駆ける。
　地表が遠ざかる。雲すら追い越し、薄皮のように地球を包む大気圏を一直線に突破する。深海よりも暗い宇宙に飛び込む。
(まあ俺の知識のリバースって事なのかもしれないが)
　それでも、仮想とは言え体験する方が、映像で見るよりもきっとインパクトが違うはず。
　白銀の月を傍らに振り返る。いつか映像で見たよりも鮮やかに、澄んだ水をその地表の大半に湛えた球体が足元に見える。
　胸に迫る美しさを言葉にしようとして、出来なかった。どんな形容詞も華美に過ぎる、そう思った。
(まさに、地球は青かった、だ)
　くすり、笑みが浮かぶ。
「神は居たけどね」
　青い星の広大な弧に沿うて星を一周する。宇宙にまで届く都市部の灯りを見下ろし、極部に優しくたなびく極彩色のオーロラに微笑み、宇宙にまで紅く華やかな姿を気紛れに現すスプライト現象の光に心を躍らせ、地表から見仰いだISSを間近に見る。
(どこまで飛べるだろう)
　青く輝く地球と、六千度近い炎を纏う太陽とを後にして、膨らむ深遠を眺める。
　太陽系の向こうまでは、シリウスまでは、
(銀河系は……？)
　どこまでも飛んでみようと流星よりも速く光よりも速く、宇宙を翔ける。遥かな宇宙の果てに辿り着いたら、そうしたら後ろを振り返ろう。数え切れぬ色で輝く光の渦を眺めてみよう。
　果てしない夢の空に遊んで、修は微笑む。