落ちるだけの｜リアクション

落ちるだけの

「あー」
　呟いた声が空に吸い込まれる。
(落ちてる……)
　風に暴れる髪が頬を叩く。動かそうとした手が、渦巻く風に持って行かれる。思うように動かない腕が空を掴む。
(落ちてる！？　何で！？)
　気付いてしまえば、心臓が恐ろしい勢いで跳ね回り始める。血が沸騰したかのように体が熱を持ち、次の瞬間には凍りついたかのような寒気に襲われる。
(神魂か？　ろっこんか？　怪異か？)
　今はそれは何でもいい、
(何で落ちてんだよ！)
　溢れた冷や汗が頬を伝わず宙にさらわれる。風に胸を潰され息が詰まる。
「まッ……」
(待て落ち着け俺！)
「落ち着けるわけねえだろ！！」
　自分に自分で突っ込んで、弾みでバランスが崩れた。世界が回る。青い空と青い海が不規則に入れ替わる。
　自由にならず落ち続ける身をどうにかしようと足掻く。腹に力を入れ、手足を広げ、喚き暴れる風を全身に掴む。どうにかうつ伏せに体勢を立て直す。
(どうすれば、)
　真っ白な雲に突っ込む。冷たい霧に顔を引っ掻かれる。堪らず瞑った眼に光が差す。一瞬のうちに雲を抜けて、瞼を開ければ、遠い空を飛ぶ鳥の姿が見えた。
　鳥を真似て両腕を鳥のように広げる。バタバタと羽ばたかせる。
(新しいろっこんに目覚める！)
　両手で必死に風を掴む。飛べないか試す。
(お前このまま落ちたら死ぬんだぞ！)
「何とかなれ！！」
　力いっぱい叫んでまだ見ぬ力を目覚めさせようとするも、
「だッ、」
　新たな力はやっぱりさっぱり覚醒しなかった。
「駄目かー！？」
　そう都合よくいかない人生に、それでも御剣刀は諦めない。一面に広がる大空に切羽詰った視線を投げる。こんなフツウじゃない状況、いつもならきっと他に誰かが近くに居るはず。
　例えば、飛べるろっこんを持った奴とか。
「誰かー！」
　応えはない。周囲には誰もいない。風が笑うばかり。
「う、」
　歯を食いしばる。閉ざしそうになる眼を見開き、落ちる空を睨みつける。
「うおーっ！」
　雄叫びを上げて手を伸ばす。せめて何か掴めやしまいかと伸ばした指先は、雲の欠片も掴めない。
　眼下には青く広がる海。
　頭の中、硬い音を立てて撃鉄の落ちるイメージを描く。ろっこんを発動させ、己が心身を加速させる。常人には眼に捉えられない速度で足を空に踏み出す。
　空気抵抗や空中に飛散する塵を踏んだ時の反動を積み重ねて空中を動く事は出来ないかと思いつきざまに実行して、
(駄目でした！)
　踏み出した足は何の抵抗も無く風を蹴るだけに終わる。
(今の速さじゃ追い付かない)
　もっと速く動かなくては、
(もっと、もっともっと速く！　誰よりも何よりも速く！)
　そう強く願って、気付いた。
　その速さを、イメージする事が出来ない。
　落ちる。
　伸ばした指先に何も掴めず、自分自身を救う事も叶わず、落ちる。
「あっ、……」
　悲鳴じみた声が引き攣った喉から洩れた。
(これが俺の限界か？)
　心に冷たく湧き出す絶望に、
「ふざけんな、」
　食いしばった歯の隙から押し出した罵声を浴びせる。
「そんな物とっとと突破してやるよ！」
　嘲笑う死の色して海面が迫る。
「俺はあいつ等と一緒にこれからもちょっと普通じゃないフツウを過ごしていくんだ！」
　死に抗ってもがいて足掻いて、刀は叫ぶ。
「こんな所で暢気に落ちてられないんだよ！　落ちるな！　止まれ！　落ちるのを、」

「止めろ！！」
　叫んで、目が覚めた。
「あっ、……夢？」
　乱れた息の中に呟いて、呟いた途端、顔が歪んだ。怒りとも笑いとも知れない感情が噴出して、
「夢かよ！！」
　思わずそんな夢を見た自分自身に、もしかしたらそんな夢を見せた何者かに、鋭い突っ込みを入れる。

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