「いぬ」のお手伝いさん｜リアクション

「いぬ」のお手伝いさん

　　【動物ＬＯＶＥの憂鬱】

　八神修は、子犬のカーキーと体力作りの散歩を兼ねて走りながら考えていた。
　今日の朝日は一際心地良いが、この件については考え出してしまうときりが無い。
　修は常日頃からずっと機会がある都度、思っていた。

　「ソロモン王でないことが残念でならない」

　……決して、彼に中二病が発症した訳ではない事を、その名誉の為に付け足させて頂く。

　かの神々を使役したという逸話も残るソロモン王。彼が所持していた指輪には、身につければ、動植物の言葉が自在に分かるのだという。
　自分の事を好いてくれるのは分かる。
　ねこに比重こそは偏っているが、修は猫と同じくらい犬も愛してやまない。
　「仕事への責任感、主人への忠誠心。
　裏切らない犬、素直な犬、俺の心の友、犬！」
　大通りで叫べば流石に危険な人扱いだが、公園で位ならば叫んでも良いと思う位には好ましい存在なのだ。

　「そこのお兄さん！　何か役に立てる事ぁ無いでござるワンっ？」
　はたと気づけば、道の端に段ボール箱が置かれていた。
　そしてその中には、日本語を喋る、日本甲冑をしっかり着込んだ１匹のコーギー犬……

　一瞬、何が起こったのかと、修はほんのコンマ一秒程硬直する。
　それをきっかけとばかりに、いぬは一気に立て板に水を流す勢いで、状況を話し始めた。
　白紙となっていた頭に、いぬの話す情報が雪崩のように流れ込んでくる。

　「と言う訳で、あっしに何か手伝える事ぁないでござるワン？！」
　修はしばし思案し告げた。
　「名前は何て言うんだ？」
　「まるたろうでござるワン」
　「よし、まるたろう。俺の家に来てくれないか。我が家の犬との通訳になってほしいんだ」
　
　修の案内で家に向かえば、リビングへ上がった途端、毛むくじゃらの塊が一斉に彼とまるたろうに向かって押し寄せた。
　修はまさに、一時期一世を風靡したむつご○うさん状態で、端から見て命の危険を感じるくらいにじゃれつかれている。
　そしてまるたろうの方は、

　「フシャーッ！！」
　「ひぃっ！　あっしぁおてんとさまに誓って何もしてねぇでござるワンっ！」
　猫達に囲まれてガタガタしていた。格好良い日本甲冑も一層の情けなさのアピールにしか繋がらない。
　それを修に絡みながらも不思議そうに見入る犬達。
　「カーキー！　カール、カエサル！　助けてやってくれ」

　修が言うと、絡むようにじゃれついていた３匹の犬は、小走りに猫達に威嚇されているまるたろうの方へと向かっていく。
　すると、猫達も残念そうに道を開け、まるたろうは無事救出された。

　「た、助かったでござるワン…！」
　「さっそくだが、犬達の通訳を頼みたい。
　普段何が足りていないかとか、して欲しい事はないかとか……」
　そう聞くと、まるたろうの行動は早かった。
　二本足のまま謎の身振り手振りでジェスチャーをすると、犬達も不思議とそれが分かるのか、鼻を動かしたり、片足を上げたりと普段では中々見られない仕草で返す。

　「どうだった？」
　「『何もない』と言っているでござるワン」
　「何も……？」
　「『今のままで充分幸せだから何もない』と言っているワン」

　犬達がつぶらな瞳で修を見つめ返す中、彼の中に沸き起こる温かい感情。
　まるたろうはその様子を見ながら、自分が少しでも役に立ったその実感をほんのりと感じていた。

　一日の終わり、海岸まで見送りに来た修は、その途中でまるたろうの出身「いぬの国」についての話を軽く聞くことが出来た。
　「『ねこの国』には行った事のあるんだが……」
　「なんと！　それぁ聞けばきっと、おやかたさまの考えも変わっていぬの国の扉を開いてくれるかもしれないでござるワン！」
　嬉々としてそう語ったまるたろうを見送りながら、修は僅かにいぬの国への楽しみと、今日で受け取った自分が飼っている犬達の言葉に心を温かくしながら、その場を後にした。