ドラゴン喚ぼうぜ！【蛤】｜リアクション

ドラゴン喚ぼうぜ！【蛤】

　【鋼鉄のスルースキル】

　「うわあ、大きなハマグリですねえ。
　それにしても、ドラゴンやなくてハマグリがでてくるとは……。
　いやあ、びっくりしましたー」

　全裸の女性が堂々と歩き回り、そして途切れぬビームと爆音の嵐の中、ハマグリを含めその光景をのんびりと眺めるは倉前七瀬。
　何を隠そう、彼こそがハマグリを呼び出した当事者である。
　もう一度言おう。当事者である。この騒乱の。

　立てられていた「ハマグリ喰える」看板は、未だ隠れ続ける幼児化した白沢絢子先生のろっこんである【今日からダイエット】によって幼児化した、呉井陽太の手によって、
　「おいしい」という単語やお日様マークが付け足され、もはや最初の原型を留めていなかった。
　まあ、最初からまともな内容は書いていなかった為、原形を留めないと言ってもシリアスになった訳ではない。
　そういう意味では、読みづらくなっただけで看板自体はいたって健全に立っていた。

　辺りには服が溶けて下着姿の、美男美女幼女に幼児で溢れかえっているというのに。
　そんな最中であっても、七瀬はいたって平穏であった。
　七瀬は、更に落書きが現在進行形で続く、読みづらい看板を眺めながら。
　
　「さて、美味しくいただくためには、まず退治せんといかんのですよね？」

　知的儚げ僅かにミステリアスな雰囲気をかもしだしつつ、新たな知恵を出すように少し思案し。

　そこらの棒を持って、全力で巨大ハマグリに殴り掛かった！
　何か考えているようで、何も考えていなかった！！

　もちろん、そんな猛者は巨大ハマグリの霧の餌食である。……敬意を込めて。

　まるで霧と同化するように溶けていく自分の服を眺めながら七瀬は呟いた。
　「……まあ僕男ですし、別に裸見られても困ることはないので、そげなもんいっちょん気にせんのです」
　納得した様にうなずく姿は、黒のボクサーパンツ一丁。緑の差し色がさり気なくお洒落を演出する。

　「服がないとすーすーすっとですけど…冬じゃなくてよかったです。夏やけん、このくらいでちょうどいいですね」
　周りには他にも下着姿の人物で溢れているのだが、七瀬が気に留める様子は無い。
　全力で鼻血を噴いた人物が複数いる中において、何というスルースキルであろうか。

　「よ、よーた！　いたずらは……駄目だ……！」
　ふと見れば、傍らでは看板にいたずら描きをしていた陽太を必死に止める榊彩斗の姿があった。
　二人は寮の同室で、兄弟の様な仲。
　普段は、陽太がリードする側だが、今は全くの正反対。
　「えー？　イタズラしたらダメなのん？
　なんでぇ？　なんでぇ？？？」
　幼い頃から悪戯が大好きだった。
　そんな、キャンプ場から拾ってきた既に落描き用と化した木炭を片手に、目を輝かせていた陽太は、幼児なりに必死になって彩斗に尋ねる。
　「と、とにかく……だめ、だ……！」
　その愛くるしさにめまいを起こしながらも、最後の理性で陽太をなだめる。
　「んー…わかったぁ。
　イタズラはやめとくよぅ」
　しょんぼりとした様子を隠すことなく、それでも素直に言う事を聞いた陽太に、彩斗の理性は──切れた。

　「ああ……よーたは、可愛いなぁ……！」
　七瀬の目の前。
　陽太を強くハグして、至福を隠さないデレデレの彩斗と、
　安心感をいっぱいに幸せそうにしている陽太の姿。
　「……彩斗、おにいちゃん☆」
　「よーた……！」
　更にその呼び声に、まさに今「ク○ラが立ったわ！」状態で感動を隠さない彩斗が陽太の幼い頬にすりすりする。

　二人は寮の同室で、兄弟の様な仲。一線は越えてない──はず。

　しかし、驚くべきはその光景を目にして凝視するでも視線を外すでもなく、ぼんやり日常風景の１シーンとして眺めている七瀬その人である。
　見事なまでのスルースキル。
　もはや鉄壁、通り越して鋼鉄と言っても過言ではなかった。　