【破廉恥と幸福の狭間で】

　伊賀 解理は困惑した。
　常闇 月と八神 修の活躍により圧死の危険こそ無くなったが──彼女は見てしまったのである。
　月が目の前で、まさに『ダイナミック・パーリィ』状態になってしまったその姿を。

　「ハマグリ喰える看板」を見て、勇んでハマグリの中に飛び込んでみたが、彼女にはそんな姿にはなれない極めて重大な理由があった。
　「じ、冗談じゃない！　こんな危険な場所にいられるか！　僕は逃げるぞ！」
　Ｕボール──ボールの付いた紐を足に結わえ付け、投げる事によって、一人でも野球選手の投球練習と守備練習が行える優れもの。
　現在所持のボールは解理の手により硬球に差し替えられている──それを慌てて引き上げ、逃走を図る。
　逃げる事に躊躇いはなかった、だが。

　ぼふっ

　運命は残酷な事に、解理に霧を吹き付けた！
　解理は走る。夏であっても下がる身体の温度は想像もしたくない。
　全力でハマグリ内部からの脱出を図る。
　そしてハマグリ内部から飛び出したその時、解理は全てが手遅れであった事を知った──

　「は、白衣だけなら……
　う、嘘だ！　服とス、スパッツまで！？」

　衣類は白衣を含め全てが溶けていた。解理が常時身につけている鉄壁のスパッツも含めてだ。
　完全に顕わになる白い無地のぱんてぃ。この時点で、良くやった、ハマグリさん！　状態であったが──問題はそれだけではなかった。
　彼女には、主義があった。否、もしかしたら面倒なだけかもしれない。
　彼女は……俗に言うノーブラ派であった。
　つまり、上半身下着は、『つけていない』

　タンクトップは下着に入りますか？
　──そんな邪道は認めません。

　かくして、胸までもが完全に顕わになってしまった解理は、片腕でそれを隠しながらその場に完全にへたり込んでしまった。　
　バストを様々な角度から確認した限り、若干『絶壁の気配がする』事から、腕からはみ出す下胸を確認出来なかった事が誠に残念でならなかった。

　「……い、いや、こんな姿……見ないで、見ないでぇ！」
　一気にしおらしくしゃがみ込んで必至に隠す解理。
　解理には同じ寮内に憧れの人がいる。
　しかし、恋する乙女であっても、小山内 海の時の御剣 刀の様な王子様は現れない。
　「……待って。もしかしてこの世界を脱出した後もこのまま？　じゃあ、この姿を『彼』に見られちゃう……そんなのやだー！」
　解理は半泣きで叫んだ。しかし、服が戻ってくる事はない。
　「うわぁぁーん！　こんな事になったのもあの蛤のせいだ！　みんな、みんな吹っ飛ばしてやるー！」
　解理のろっこん【代理告白】発動！

　【発動条件】恋愛的な意味で好きな相手を思い浮かべる
　【能力】その相手への好感度に応じた出力のビームを撃てる

　こんな姿、恋愛的な意味で彼に見られたくない──条件を満たしたビームは容赦なく辺りを爆発音とともに吹き飛ばしていく──！！


　こうして、ろっこん【代理告白】によるビームの嵐によって、主な安全地帯は遠くの岩陰と崖の上、そしてハマグリの貝の中という、ある意味味方にとって悲劇的な状態となった中、
　まさに今、深縹 露草は思慮深さげにその顔を上げた。

　さらりと流れる、艶やかかつ青み掛かった長い髪。
　切れ長の瞳を併せ持つ、美しく整った顔立ち。
　流石にハマグリの味方は出来ないが、対人間であれば間違い無く裏切りフラグが立ちそうな雰囲気の露草は、その麗しさを欠ける事の無い唇を開き掛け……
　その側をビームが直撃した！

　「危ないデース！　何をするんデースカ！！」
　
　……色んなものが瓦解した瞬間だった。本当に。
　
　実は、露草は見事なまでのおかん属性。
　お手製の調理途中で呼び出された露草は、愛用のお玉と包丁を持ってこの世界に呼び出された。
　現れた瞬間には、皆が思った。
　『胡散臭い美形が　割　烹　着　姿　で現れた！』
　──こんなエンカウント文字が割り振られそうな姿で現れた露草は、衣類を溶かされた周囲の悲鳴と、看板を見て状況を把握。

　「愛用品、溶かされたくないデース」
　と、幸せそうに愛用の三角巾と割烹着を脱ぎ、綺麗にたたんでいそいそとキャンプ機器の側に預けて、包丁とおたまをの両方を手にとってハマグリ戦場へと身を置いた。
　「こんなハマグーリ、切り分けてやりマース！」
　切り分ければ新鮮な香りに引き締まった身が手に入る。
　これならば、多少服が溶けても悪くない。そんな事を考えていたのだが。

　ある程度切り分けたところで、霧による身の危険を感じても、ろっこん【代理告白】の危険によって一時撤退すらも許されない状態に陥ったのである。
　「困りマーシタ……！　これでは……！」
　焦る間にも、立ち込めてきた霧が服をじわじわと溶かしていく。
　そして気がつけば私服は全てが砂のように崩れ溶け、
　気が付けば露草は、紺のボクサーブリーフ一枚に──
　「……は、恥ずかしいデース……
　あぁぁぁぁ……
　お子様の情操教育に、大変よろしくありまセーン……」
　しかし、もうこうなってしまっては溶けるもの等有りはしない。
　露草は覚悟を決めてハマグリをざっくざっくと後から運びやすいように切り分け始めた。


　その傍ら──一点集中とばかりに貝柱に蹴る殴るの攻撃を与える者がいた。
　その名は、鬼河内 巌。
　その外見も含め、今や絶滅危惧種の硬派喧嘩番長である。
　空手を得意とし、本人は威覇闘武（いーはとーぶ）流と言う謎の武術を駆使して闘う。
　……武術名は聞かない方が良かったかも知れない。

　「寝子ヶ浜海岸の主と戦えるなんて嬉しいのう！　仕留めてカレーの具にするんじゃ～！」
　服を溶かす霧が立ち込める最中を、躊躇いもせずに蹴る殴る。
　避けない為に、服は早々にして消え去った。そこから覗くのは局部だけを見事に隠した純白の褌一丁。
　
　「そういえば、ある王国の騎士はパンツ一丁で魔王と戦ったらしいのう」
　この年代何人が知っているであろう、伝説のアクションゲーム『にゃ界村』の１シーンを思い浮かべながら、巌は中々ダメージの出ない貝柱を殴るのに飽きてきた。
　「がははははは！　敵を倒すのに手段など選ばんわ！
　こうなればいっちょ、これをお見舞いしちゃる！！」

　そして、よりにもよって褌の股間から取り出したるは、キャンプ置き場からくすねてきた、ガスボンベ１本とライター。
　蓋を開け、ライターを近づける。
　本来ならば目的はガスバーナーだったのだが、キャンプ場に表立って用意されていたのはスイッチコンロ用のガスボンベだけだった。　
　原理は同じ──そう巌は信じた！　信じてはならないものを信じてしまった！

　ガスボンベに記載されていたのは、火気厳禁。その結果は──

　ガスボンベがライターの熱によって、熱せられ響いた爆発音。
　煙の中から、頭を自慢のもみ上げを含めてアフロにした巌の姿が。
　「……何じゃこりゃーーーっ！！」
　煙を吐くアフロと化した巌が絶叫した。
　コメディでなければ、もちろん死んでいる！
　良い子は絶対真似しちゃダメだぞ！

　しかし、その瞬間。
　八神 修から新しい指示を受けて飛び込んできた常闇 月が側を駆け抜けた。
　男の憧れ……もとい、健康的に伸びる四肢に纏うとてもゴージャスな下着姿で現れた月に、巌は余りに素直に鼻血を噴いた。
　それは。隠しもしない、男のロマン。
　……そのロマンがキャンセル出来ればどれだけ良かった事だろう。

　「……理解しました。ここは、変態の巣窟だと」
　月の言葉を最後に、巌は先程の二人同様に、あっという間に樹から逆さ吊りへと吊るし上げられた。……止まらぬ鼻血はそのままに。
　「うわ……っ、新しい人来たし……」
　「は、鼻血で俺の大漁旗トランクスがっ！！」
　巌はこのまま鼻血が止まらなければ失血死を覚悟しなければならない量を鼻から噴出していた。
　誰か縛られていない人──！　そんな叫びを胸に秘めつつ、先客である握 利平と、樋野 秀吉、鼻血の海に巻き添えを食うまいと必至に身をよじらせた。

　そして、祈る子羊の前に、神が現れた。──生粋の、神が。