大乱闘ネコノメブラザーズ（下）

　突然ですが、美食クラブの『常識人』こと月ヶ瀬 朔夜は、出番が来るなり絶体絶命のピンチに陥っていた。
　目の前に風紀の番人、そしてクラスメイトでもある獅子尾 優華がででんと仁王立ちしているのである！
　すでに、同じくクラスメイトの初島 優と八十八旗 信彦が、彼女に首根っこ掴まれてお縄になっていた。比喩でも何でもなく、マジで縄で両手縛られて引っ立てられている。
「で、出番がー！　子泣キックとパチキを格好よく描写してもらうはずじゃったのにー!!」
「ヘイ、優華ちゃん！　怒ったキミも素敵だけど、笑顔のキミはもっと素敵さ！　ってわけで、もー少しだけでも優しくしてくれたらなあ、なんて……」
「うっさい黙んなさい」
「「はい……」」
　ふたりとも、借りてきた猫状態である。しおしおしお……。
　いや、まだ彼らはいい。優はネコノメの結社員に攻撃を仕掛けていた（まず間違いなくおしおきだにゃーされた怨みをぶつけていただけだが）からセーフ、信彦も「面白そうだから冷やかしに来ただけであって、ホントに悪の秘密結社に入りたいとかそんな馬鹿なこと思ってないって！　信じてー!!」と泣き落としに徹すれば、情状酌量の余地ありでお目こぼしぐらいはもらえるだろう。
　しかし、朔夜は違う。
　渋々ながらも正義の味方を背負い投げした瞬間を、ばっちり目撃されてしまっているのだ……!!
「月ヶ瀬さん……どういうことか、説明してもらいましょうか……？」
「ち……ち、違うんです、これにはマリアナ海溝よりも深い理由が……」
「ええ、ですからその理由……じぃっくりと聞かせてもらいますよ？　特に、噂の美食クラブについてもたぁっぷりとね」
　来る日も来る日も帝王やその他の面子の３Ｍ（無理・無茶・無謀）に振り回され、「うう、私のフツウの高校生活はいずこ……」と頭を抱え、それでもめげずに耐えてきたのに……待っていたのはこの末路！
　そもそもを言うなら、私はこの突入計画を止めたのだ！　チラシでメンバー募集する悪の秘密結社なんてどうせロクでもないし、こんなのにちょっかい出すぐらいなら寝子島グルメツアー企画しましょうよとか、そもそも寝子島征服なんて面倒臭そうなこと止めましょうよとか、むしろ立ち位置は全力で風紀委員のそれなのに、なんで私だけー!!
　追い詰められ視線があらぬ彼方を彷徨う……と、ちょうどお休み中の美食組たちの地点にピントが合った。
　それぞれホワイトボードを掲げていて、そこに記された文字群を合わせるとこう読める。
『全』『速』『離』『脱』　『幸』『運』『祈』『る』
「なんで私だけええええええ――――――――!!（泣」
「あっ、こら！　待ちなさ――――――――――い!!」

（あいつ大丈夫かね……）
　向かってくる正義の味方を千切っては投げ、千切っては投げしつつ、如月 庚は会場の外へと消えた月ヶ瀬の身を案じた。まあ……案じたところで何をしてやれるわけでもないが。さすがに風紀委員はどうにもならない。そーいう裏金とか必要そうなのは、加瀬の分野だ。
　そんなわけで淡々と自分の分野（バトル）をこなしているわけだが……弱い。弱すぎる。どいつもこいつも歯応えがなさ過ぎて、逆に疲れてくる始末だ。
「なあ……俺、そろそろ帰っていいか？」
　隣で指令を出す帝王こと岩国 ソワカに確認するが、案の定というかいまだご立腹冷めやらぬ様子。
「ズィーベン真面目にやるのです！　ネコノメも正義の味方も殲滅!!」
「へいへい」
　ダメだこりゃと嘆息ひとつ。腐れ縁というのも厄介なものだ、とっとと片して家に帰ろう。
　ネコノメの新主任を探して歩き出すと、そこにひとりの結社員が立ちはだかった。……いや、ネコノメ結社員ではないのか？　同じ猫の着ぐるみではあるものの、着ているのは黒スーツではなく、太極拳などに用いられる表演服だ。
「あ……あなたは……ニャン大人先生！」（読み：にゃんたーれん）
「ほっほ……パチンコ帰りに寄ったら、なんぞ面白そうなことになっとるじゃないかね」
　驚きの声をあげる新主任に、ニャン大人氏が「よっ」とばかりに軽く手を上げる。
　説明しよう！　ニャン大人は大首領ネコノメの麻雀仲間であり、結社員たちへの武術の手解きを任されている――言わばネコノメの用心棒なのだ！
「へぇ……少しは期待できそうなのが出てきたな。ありがてぇ、ちょいとやる気出てきたぜ」
「ふむん？　最近の若いモンは血の気が多くてイカンのう。……よかろ、一手教授しちゃる」
　そう言うと、ニャン大人は両手を高く掲げて叫んだ。
『ニャン大人ゾーン！』
　ぺかー！　ニャン大人の周囲が薄黄緑色の得体の知れない光に包まれた。
「これでよし。さあ、どっからでもかかってくるが吉！　カモンカモン！」
「それじゃ遠慮なく……！」

　庚は獣の笑みとともにニャン大人の間合いに踏み込んだ。
　右手に宿るは蒼き輝き――踏み込みと同時に額の傷痕を掠らせ、ろっこん『蒼穹』を発動させている。迎撃の一撃を掻い潜り、カウンター気味に拳を鳩尾に埋め込む……！
　完璧な角度、完璧なタイミングだった。仮に自分がこの一打を受けたとして、一両日は立ち上がれない。
　その完璧な一打を受けて……しかしニャン大人氏、微動だにしない!!
「なあっ……!?」
「やっぱりのー」
「馬鹿な……岩をも砕く俺の『蒼穹』の打を受けて、ノーダメージだとッ!?」
「これ以上はやるだけ無駄じゃ。腕っぷしの強さは認めてやろう……じゃが、おぬしでは絶対に儂に勝てんっ。理由聞きたい？　聞きたい？　聞きたいよね？」
　ニャン大人は庚の返事も聞かず、実にウザい感じでぺらぺらと『理由』を喋り始めた。
「儂のろっこん『ニャン大人ゾーン』は真面目なキャラからのダメージを人畜無害なギャグダメージに変える。すなわち、おぬしがそういうキャラであればあるほどに……儂にとっては、単なる雑魚と化すのじゃ!!」
（（そんなのありか――――――――――――――――――ッッ!?））
　美食クラブの面々に衝撃走る！　最強戦力のはずの庚が、このふざけたネコノメ用心棒にはまったくの無力。これすなわち、盾にするも潰すも思いのままだったはずの秘密結社ネコノメが、容易には攻略不能な同業他社と化したことを意味する……！
「カカカッ！　悔しいか!?　儂を倒したいなら、おぬしがいままで築いてきた、そして今後築いていくであろうカッコイイ系のキャラ像を捨て、二度と還れぬ一山幾らのギャグキャラに堕ちるがよかろうなのだーッ!!」
　どうする、どうする、どぉぉするぅぅ!!　と高笑いしているニャン大人の背後から、可愛らしい声が響いた。
「奥義！　ワンダーボールブレイカーッッ!!」
　説明しよう！　ワンダーボールブレイカーとは、ボールを投げて相手の視線を誘導し、その隙に男の股の間についてる大事なボールを全力で蹴り上げ、戦意その他諸々をブレイクする血も涙もない必殺技だ！　今回はボール投げてないけど細かいことは言いっこなしだ！　周りの男子の精神にもダメージを与える場合があるぞ!!
　というわけで、こっそり背後に忍び寄っていた戌井 創のバスケットシューズがニャン大人の股間を直撃。
「金！」という神々しい効果音があたりに響き渡った。
　……ニャン大人、死亡確認！
「悪は去ったっっ！（ビシィッ」
　創は股間を押さえて泡を噴いているニャン大人氏に足を乗せ、勝利のＶサインを決めた!!

「……盛者必衰のなんとやら、か」
　床でぴくぴくしているニャン大人と、アイデンティティ崩壊でなんか真っ白くなっている如月 庚を眺めて、二丁拳銃を携えたガンマンにゃんこ着ぐるみがぼそりと呟いた。
　ん？　なんかどっかで見た覚えがあるような、ないような……？
「失敬な。あの後、一ダースの警備員に追いかけられて色々大変だったんだぞ？　おまけにちゃんと面接会場に戻ってきたのに、一向に出番は巡って来ないし……まあもともと選考結果には興味なかったからいいけど」
　ああ、思い出した！　あなた、最初のページで郵便局を襲撃した後、行方知れずとなっていた相楽 茉莉花！　無事だったのか！
「結局、ろっこん使って逃げて別の郵便局から郵送手続きするハメになったがね……」
　どこかの誰かさんと交信しつつ、茉莉花は壁際から戦場を俯瞰する作業に戻る。
　ナントカレンジャー五人組をのして高笑いしているネコノメの女幹部殿、海パン姿の正義の味方をのして人質たちと一緒にこっそり脱出した女子生徒ら等々、一連の大乱闘劇にもあらかたの決着がついた感じだ。あと残っているのは、正義の味方の集団に囲まれてるテロリスト氏のところぐらい……。
「まあ、欲しい情報はそれなりに手に入った。正義の味方も、第三勢力も、どっさりもっさり。やはり寝子島はナニカがおかしいが……ところでひとつ気になることがあるんだ。聞いていいかな？」
　ふむ？　なんでありましょう？
「いや……結局、私も郵便局の警備員らと一戦やらかしてきたわけだけど、これいったいどう処理されるのかと思ってね。明日のニュースにでもなったら結構洒落にならないんだが……」
　そ……そのへんは、たぶん大丈夫かと……こ、これギャグシナリオですし……！
「ふむ……ならいいんだが……」

　相楽 茉莉花はどうにか難を逃れられそうだったが、ひとり詰んでしまっている男がいた。
　空気の読めるテロリスト、草薙 龍八である。
『ＴＲＡＮＳＭＵＴＥ』の効果切れで、もとのちんまい身体に戻った大田原 いいなに向かい「む、さっきまでそこにいた美女はどこへ消えた？」と真顔で抜かし「おまえ、それ本気で言ってんのか」と逆巻 天野（結局、縄はいいなに解いてもらった）にも呆れられる定番ネタを披露していた同氏だが、クラスメイトの風紀委員、橘 千歳に見つかり教育的指導の流れになったことで事態急転。
　結社員採用選考に二名の寝子島民を拘束して連れ込んだ事実が明るみに出て、周囲をがっちり正義の味方たちに固められてしまったのである！　逃げ道なし!!
　ちなみに営利目的等略取及び誘拐罪の法定刑は1年以上、10年以下の懲役……捕まえる側の千歳にまで、若干気まずそうな顔をされている始末である。
「私たち、クラスメイトだし……原稿用紙100枚に反省文書かせたり、今後一年の地域感謝デー一斉清掃に強制参加させるとか、それぐらいで許してあげるつもりだったけど、でも……営利誘拐とか、それホントに犯罪で、だから……っ！」
「ま……待て、橘、こういうのはむしろ空気を読んだ行動として褒賞され」
「誤魔化さないでッ!!」
　千歳に強く遮られて、龍八は引き攣った顔のまま静止した。
　い、イカン、これは何言ってもこっちが悪者にされる空気……！
「罪は罪……しっかり償って、また寝子島に戻ってきて……」
　情感たっぷりの言葉で幕引きが告げられると、展開を見守っていた正義の味方たちも一様に頷いた。
「ですな」
「うむ」
「まだ若いんだ、幾らでもやり直せるさ！」
「おじさんたちが、警察署まで付き添おう」
　余計なお世話である。
「ま、待つのじゃ橘！　草薙 龍八は助平でいけ好かん奴じゃが、本当に犯罪を犯すほど悪人ではないのじゃ！　だからこれは一種の、ふ、ふれんどりぃ、しっぷ……？」
　使い慣れぬ外来語まで用いて龍八を擁護しようとするいいなマジ聖女！　しかし……
「ダメよ大田原さん……あなたが彼に抱いている感情はストックホルム症候群……それは嘘なの！　まやかしだって科学的に証明されているの!!」
「す、すとっくほる……？　が、外来語はよくわからんのじゃ～!!」
　頼みの綱、いいなも橘の外来語攻勢を受けてノックアウト！
　ああ、もう残っている馴染みはひとりしかいないじゃないか！　俺を助けろ、逆巻 天野……！
　天野は少考する素振りを見せた後、新世界の神もかくやといった悪辣な笑みを浮かべて言った。
「断る。僕の矜持に懸けて、テロリストの窮地なんぞ断固救わん」
「おまえ――――――――――ッ!!」

「う……嘘だ……夢だろ……？　これ……夢に決まってる……」
　ところがどっこい！　夢じゃありません！　現実です！　これが現実……!!
　両脇を正義の味方にがっちり固められ、床に崩れ落ちていた身体を引き起こされる草薙 龍八。それでも諦めきれずに叫ぶ。
「おまえら、空気読めよぉ！　悪の秘密結社の壊滅っていったら最終回直前だろ？　なに初回から全力で潰しにかかってんだよ!!　おまけにそのとばっちりで俺まで……こんな深刻なオチがついていいわけないだろぉー!?」
　登場時のクールな悪役っぷりはどこへやら、哀れを誘う悲痛な声で喚き散らしている。
　HAHAHA!!　人生とは、きみの苦手なハバネロのように、ピリリと辛いアクシデントがそこかしこに転がっているもの。たとえギャグシナリオであろうと、その真理からは逃れられぬ！
　というわけで草薙氏、刑期を終えて出所したらまた遊びに来てね！（ぐっ
「い、嫌だーッ！　『穿て!!』」
　龍八が吠えると、その掌から圧縮空気が生じた。彼のろっこん『破空法』の効果である。猛烈な空気の噴出に、龍八は両脇を掴んでいた正義の味方もろとも吹き飛ばされた。そして、たまたま転がった先にいたネコノメ新主任の胸倉を掴んで、前後左右に激しく揺さぶる。
「あるよな!?　チラシに要らん挑発を載せて、正義の味方を呼び込んだのはおまえらだ、ないとは言わせんぞ！　この八方塞がりを打開して、全部うやむやにするリセットボタンみたいなやつ!!」
「ほあああああ！　おち、おち、落ち着いてええええええ!!」
　残像が見えるほどの速度で揺さぶられた新主任のスーツの懐から、髑髏マークの刻印が成された真っ赤な持ち運び式ボタンが零れ落ちた。ころころと床の上を転がっていき……あろうことか、それを拾い上げたのは緑野 毬藻仔だった。美食クラブの仲間たちとの雑談にも飽きて、寝子饅頭を咥えてひとり会議室内のあちこちの騒ぎを見物して回っていたのだ。
　毬藻仔はそれを見て首を傾げた。
　ボタン。……コマンド？

　草薙 龍八が叫んだ。
「押せええええええええええええええええええ!!」

　さすがに勘のいい何名かは青褪めて叫んだ。
「「押すなあああああああああああああああ!!」」

「はにゃ？」
　ぽちっとな。

　その瞬間、会議室の床が開いた。
　誰かの足元の床……ではない。
　この大会議室の床すべてが、ぱかっと開いた。










　ぎゅるんぎゅるんぎゅるんどぱぱぱぱぎゅい――――――――――ん!!