故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●本に囲まれて

　月１か月２で神奈川の実家に帰っている桜庭円は、自転車でにゃーくんと一緒に帰ってみることに。

　朝８時。
　円は、たくさんの本を入れたリュックを背負い、にゃーくんは逃げ出さないよう、籠に乗せる。
「にゃーくん、危ないから動いちゃ駄目だよ？」
　わかった、と言うように鳴くにゃーくんの頭を撫で、寝子島大橋を越えるべく自転車のペダルを漕ぎ出す。
　めまぐるしく変わる風景に、興味津々なにゃーくんは身を乗り出そうとする。
「にゃーくん、めっ！」
　円に注意されると大人しくなり、籠でじっとする。
（急げは３時間の距離だけど、寄り道しながらゆっくり帰ろう）
　長時間にゃーくんを籠に入れておくとストレスが溜まりそうなので、途中、原っぱで遊んだり、休憩したり。
「はい、お水」
　荷物から水が入っているペットボトルとアルミ皿を取り出すと、にゃーくんに水を飲ませる。
（こないだの海の時みたいに、にゃーくんが暑さでぐったりしないようにしないとね）
　円も、熱中症でダウンしないよう、水分補給と塩分補給を忘れない。
「塩おにぎり、おいしー。にゃーくんには、鮭おにぎりの中身をあげるね」
　美味しそうに、ほぐされた鮭の身を食べるにゃーくん。

　ゆっくりしながらの移動だったが、午後１時に地元に到着。
（見るからに田舎だね）
　昔は鉱山があり栄えていたが、今は疎化中だ。
　そこから少し進んだところに、先祖が建てた古びた洋館を修繕しつつ、今も使っている円の実家がある。
「着くまで大変だったけど、ボクの家に着いたんだ……。にゃーくん、ここがボクの家だよ。ただいまー！」
　元気良く挨拶して玄関を開けると、仕事に行くところだった父とばったり。
「お父さん、今からお仕事？」
　ああ、と娘が帰ってきたのに、仕事に行くので申し訳なさそうな父。
「お仕事頑張ってね！　この子がにゃーくんだよ！」

　

　肩に乗っているにゃーくんは「はじめまして」と言うように鳴いた。
「あ、そのネクタイ……父の日に送ったものだね。使ってくれてるんだ。ちょっぴり恥ずかしいな」
　娘からのプレゼントなので、大切に使っている父だった。
「せっかく帰ってきてくれたのに悪いが、これから仕事だ」
　時間がないと言うと、父は急いで家を出た。
「いってらっしゃーい！」
　父とは、今度帰って来た時にゆっくり話すことにしよう。
「お母さんただいまー」
「おかえりなさい」
　笑顔で迎えてくれた母は、冷たいものを飲んで一休みするよう薦める。
　初めて長旅したにゃーくんを休ませてあげたかったので、母の言うとおり一休み。

　一息ついた後、円は祖父の部屋へ。今回実家に帰ったのは、ここに用があったからだ。
　奇書、怪書を集めるのが趣味だった今は亡き祖父に、書斎の鍵をもらった。
（これを使う日が来るなんてね）
　中には読んではいけない鍵付きの本があると聞いたので、どのような本が部屋にあるのか興味津々。
　古びた鍵を取り出し、書斎のドアの鍵穴に入れる。
「開いた」

　部屋に備え付けてある本棚は大きいが、入りきらなかったのか、本は床にも詰んである。
　亡き祖父の書斎は、今では父と円、叔父くらいしか使っていない。
　リュックに詰めてある本を大きな本棚に返すとフィーリングで手に取った何冊かの本をリュックに詰めるが、大抵は寝子島書房である。
　円が寝子島高校を受験したのは、この本の影響もあるが、父が寝子高出身、母が寝子島出身だったこともある。
　そう考えている時、本棚に登っていたにゃーくんが一冊の本を落とした。
「あっ、鍵付きの本！　って、うわー！」
　いい本見つけたー！　と喜ぶと同時に、本棚が雪崩のように崩れた。
「あー……書斎、片付けて帰らないと。予定が崩れるー。結構かかりそう……」
　にゃーくんが散らかした張本人だが、仔猫には片付けられないので円が片付けるしかない。

「この本も一応、持っていこうっと」
　鍵付きの本だけのつもりが、あれやこれもやと言っているうちに結構な量に。
「寝子島に帰るの、大変になりそう。ま、いっか」