ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！｜リアクション

ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！

　街中が音楽に染まる、って不思議だ。
　街が突然魔法の国になってしまったかのよう。
　寝子島駅前。制服で通るのが当たり前の場所。そこに燕三条輝夜の姿があった。
　いつもの眼鏡は外していた。
　いつもの腕時計も外していた。
　いつもの制服の代わりに身に纏っているのは、肩も露わな夏空ブルーのセパレート。
　この日のために曲を作った。この日のために歌詞も書いた。
　振り付けも衣装も、この日のために。

　アイドル。
　子どもの頃から憧れていた存在。幾度も笑顔にしてもらった存在。
　今日は自分がそんな存在になる第一歩なのだ。みんなに笑顔を届ける、そんなアイドルへ踏み出す日なのだ。
　準備には骨が折れたけど、それを上回るわくわくがあった。
（一応さ、あたしのファーストライブ……なんだよね）
　そのいい方は、本当かもしれないけどちょっと恥ずかしい。
　胸に手を当てる。鼓動って、こんなに掌に伝わってくるものだったっけ。
　憧れのアイドルたちにもみんなこの瞬間があったに違いない。どうしてたんだろう。
　考えたってわかんない。頭なんて働かない。
　ただひとつ分かっているのは。
「もう本番だってこと！　アイドルらしくいくよ、あたしっ！」

「寝子島のみんなー！　はじめまして！　輝夜ですっ！」
　両手を広げ飛び出してゆく。
　駅前には新人アイドルお披露目路上ライブの噂を聞いた青少年たちが今や遅しと待ち構えていた。
　驚いた。こんな風に自分を待っていてくれた人がいるなんて。
　アップテンポのイントロが流れる。
　スポットライトはいらない。太陽がほら、眩いほどに照らしてくれる！

　♪夏がはじまる　僕たちの季節
　　青い海　青い空　風を浴びていこう
　　吹きぬけたあの風に別れを告げて
　　新しい風と新しいときめきに　さぁ！　手を伸ばそう！

　　眩いくらいのオレンジと　一面に広がるブルー
　　部屋にこもってる場合じゃないよ　だってだって夏なんだもん
　　水着で騒ぐ波打ち際　寄せて返すさざなみの　奏でるメロディに爪先が触れた

　　ほら、一緒だと楽しいでしょ？　これって、元気になれるおまじない♪

　サビのフレーズ。何度も聞いた音源に、知らない音が混じった。それはどこかロックの香りのする弦の音。
　はっとして観客を見渡す。明らかにアイドルとは別の世界に生息しているであろう白髪の女がニカッと白い歯を見せ笑った。セクシーな黒革手袋の指がギターを奏でている。すごい。ワンフレーズ聞いただけで、輝夜の曲に合せて来たのだ。
　あたしの曲を、誰かが弾いてる。
　輝夜は嬉しくなった。自分が書いたフレーズどおりに。ギターの女、吉祥寺黒子に手を伸ばす。

　　ほら、一緒だと嬉しいでしょ？　これって、笑顔になれるおまじない
　　もっとハートのボリューム上げていこっ！

　ロックな飛び入りに観客から歓声が起こる。
　一歩引いた黒子のギターはアドリブだ。それでいて、輝夜の曲を邪魔しない。それどころか、輝夜が思ってもいなかった色を加えてくれる。ハートのボリュームを、上げてくれる！
　この人の音は信頼できる。そう感じた輝夜は黒子と視線を合わせた。
　――行きな、行けるとこまで。
　黒子の瞳はそういっていた。そういうことが、言葉なくとも伝わってきた。
　――行くわ！
　輝夜は跳ねて、飛んで、踊った。

　　夏がはじまる　僕たちの季節
　　白い砂　踏みしめて　君と駆けていこう　
　　吹き抜けたあの風に願いを告げて
　　去年より熱いひと夏の喧騒に　さぁ！　手を伸ばそう！

　大喝采！
　いつのまにか、観客が膨れ上がっていた。
　輝夜は手振りで飛び入りの黒子を観客に紹介し、拍手を送る。
「あんた、すごくアイドルで、すごくロックだったぜ！」
　黒子が耳元で輝夜を讃えた。