あつくてあつくて｜リアクション

あつくてあつくて

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喫茶店からの帰り、久雨と零葉は寄り道をすることにした。
季節柄、店頭に水着の並ぶお店は多い。そんななかのある店の前で、零葉がふと足を止める。
「……どうした、零葉？」
つられて足を止めた久雨が顔を向けると、零葉はショーウィンドウに飾られた水着をじっと見上げていた。
「この水着……」
久雨も見てみると、それはセパレートタイプで胸元にリボンのついたデザイン。なかなか可愛らしい。
「零葉に似合いそうだな」
「……いえ、私よりもですね」
向き直った零葉が、じぃっと穴が空きそうなほど久雨を見つめる。
「……何故私を見る」
そうは言うものの、どんな言葉が返ってきそうかの予想はなんとなくついてはいた。
「久雨さんにとてもよく似合いそうですよ？」
ほら、やっぱり。
「良かったら試着だけでもしてみませんか？」
微かに目を輝かせ服の袖を引っ張る零葉に、
「着ないからな、絶対」
「……そ、そんなに拒まなくても……」
一刀両断な久雨の態度に、零葉は心の底から残念そうな表情を浮かべて彼女を見た。
「久雨さん、可愛いのですからこうゆうの似合うと思ったのですが……」
未練たらたらの目でショーウィンドウの中の水着を見上げる零葉。
「そう言うな。着たい者が着れば良いではないか……」
「うう……残念です……」
その姿にちょっと申し訳無さを感じつつも、やっぱり着る気にはなれなかった。
とはいえ零葉をしょんぼりさせているのも何だかなとは思うし、何か他の話題を――と視線を巡らせた久雨の目に、とある店が留まる。
――そういえば。
「……零葉。すまんが少々ここで待っていてくれんか？」
ふいにかけられた言葉に、零葉は一瞬きょとんとする。
「あ、はい？　解りました」
「悪いな、すぐに戻って来る！」
一体何でしょう、と小首を傾げた彼女をショーウィンドウの前に待たせること数分。
小走りに戻ってきた久雨は、後ろ手に何か持っているようで。
「……急にすまない」
「いえ、ども……どうしたんです？」
「これを買ってきたんだ。零葉に、受け取ってほしい」
久雨が差し出したのは、縞模様が鮮やかな赤色の石がついたストラップだった。
「わっ……！」
驚き目を引かれる零葉に、「サードオニキスと言う石のストラップだ」と久雨。
「装飾がそれ程派手でなく、石の赤色が強い物を選んでみた」
「あの、でもどうし――あっ」
もしかしてと零葉の頭に浮かんだのは、鯨のお返しというワード。
「お返しなら、さっき喫茶店で出してもらっちゃいましたし……！」
しかし久雨は、いいやと小さく首を横に振った。
「これは鯨の分ではなく、誕生日プレゼントだ」
風の噂で８月が零葉の誕生日だと聞いたと語る久雨は、
「日付は……少々、ずれてしまっているだろうが……」
そう照れくさそうに付け加えた。改めて、サードオニキス――８月の誕生石のストラップを零葉に差し出す。
プレゼントをもらたこと、そして何より久雨が自分の誕生日を知っていてくれたことが嬉しくて、零葉の顔に照れと喜びの入り混じった……幸せそうな笑みが浮かんだ。
「……ありがとうございます、とても大事にしますね♪」
その言葉に、久雨の顔にも笑顔が浮かぶ。
「こちらこそ。ぬいぐるみ、大切にさせてもらうぞ」
あつくてあつくてうだるような真夏の土曜、互いに大切なものをもらったのだった。